自分を信じるためのガイドライン
※この記事はジェニーン・ロス著「食べ過ぎることの意味―過食症からの解放 」より
「第十二章 信頼」を参照しています。※
「もし今、自分の食べたいものを何でも食べていいと自分に許したとしたら、
いったいどうなるでしょう?」
「私にはできません」彼女たちは応えます。
「どうしてなのですか」私は彼女たちにたずねます。
だって、私たちの飢えは根深く、古いものだから。
私たちの飢えは狂暴だから。
だから、もし私たちがそれに足枷をし、檻にいれ、口を封じなかったら、
それは私たちを貪り食ってしまうかもしれない。
そしたら今度は私たちが世界を貪り食ってしまうかもしれないから。
飢えは、ただ食べ物に対してだけではありません。
親密さ、快適さ、セックス、満足の行く仕事、
限界の設定、自己表現、これらに対する飢えでもあります。
私たちは皆同じ、自分を恐れている女性たち、
飢えに絡め取られている女たちです。
自分を信頼するとは、飢えを快く認めることです。
食べ物、親密さ、快適さ、自己表現に対する飢えを、です。
「こんな私なんか、好きになってくれる人はいないわ、
こんなにも激しく求めてしまう、
私の飢えの深さを知ったら、誰だって逃げ出してしまう。」
求めるということはたやすいことではありません。
求めた相手がノーと言って断ったら、
がっかりしますし、傷つくこともあります。
しかし、孤独やきりのない欲求への恐怖という最悪の感情は、
求めるという行為によって消えるのです。
食べたいものを食べるということも、勇気のいることです。
空腹がいつかは治まることを信じ、
自分は食べたいものを食べてもいい人間なんだと信じる必要があるからです。
食べたいものを食べるということは
あなたのことを信じている、怖がることないのよ、
と自分自身に伝える一つの方法です。
静かに腰を下ろしてできるだけ正直に次の質問に答えてみてください
・あなたは何に飢えているのですか
・求めるということについて、あなたはどのように感じていますか
・他の人があなたに何か求めたときには、どのように感じていますか
・あなたが何かに酷く飢え、それを手に入れた時のことを思い出してください。
満足するにはどれほど必要でしたか。
・あなたは切りのない飢えを体験したことがありますか。
・満足するために必要と思われる量と実際に必要な量との違いに気づいたことがありますか。
あなたが自分自身について信じられることを全て書き出してみてください
・人を信じるに値する人間にしてくれるものとは何なのでしょうか
毎日誰かに何かを求めてみましょう
・恥ずかしがってはいけません。私たちは皆が何かに飢えているのですから。
・まずは小さなことを親しい友人や家族に対して求めてみてください。
恐れ、戸惑い、安堵感・・・求める過程の心の動きに注意を注ぎます。
自分自身についてどのように感じますか。
求める練習をしてみましょう。
・親しい友人と、お互い相手に何でも自由に求めていいと同時に、自由にノーと断ることもできるという約束をしてください。
一週間、何も求めるものがなかったとしても、とにかく求めてみましょう。
相手の友人が電話好きでないことを承知の上で五分間電話で話す、
というようなささやかなことで構いません。
・求めた際に起こるかもしれない最悪のことは、相手からのノーです。
確かにこれはつらいことですが、
求めることによって、つらさよりもずっと長く残るものが確認できます。
それは自分を大切にするという感覚です。
欲求を表現したとき、すでにあなたは自分は求めるに足る存在であるということを決めたのです。
飢えは、その真っ只中にいるときは、まるで切りがないかのように見えます。
しかしそれが本当に切りのないものへと変わってしまうのは
私たちが飢えを認めようとしない時なのです。
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