なぜそんなに痩せたいの? (1 美人の文化史)
あまりにも興味深かったので
やや学術的にはなりますが、この本の紹介をします。
多分四回のシリーズものになるでしょう。
語彙はだんだん社会心理学チックになっていくので
受け付けない人もいるかな、などと思いつつ
凄く面白いんですよ。
今回は「第一章 美人の文化史」の概要です。
美の基準はもちろん普遍なものではない。
男性が華美には装わなくなり
「美しい性」が女性に限定されたのは18世紀以降だし、
その後美の理想は様々な政治的側面によって変遷してきた。
母性が強調されたり、
豊満が理想であったり、
顔色悪く弱々しいことがはやったり、
時とともに次々に流行は変わる。
そして女性解放が進めば進むほど
女性はより痩せていることが要請されている。
大きな鏡、写真、映画、体重計の普及という技術革新を経て
これら美の理想は達成可能なものと理解されるようになり、
ボディは単なる理想以上のもの、
つまりアイディンティティに係わる問題になった。
かつて衣服を規定したモードは今はボディを規定する。
今や女性の脂肪は公の場で議論され
女性の肉体は彼女自身のものではなく、社会のものとなる。
現代の美の理想は栄養失調ぎりぎりの状態を賞賛する。
そして何事もなりゆきまかせにせず、永遠に若くなければならない。
現代の美の理想の化身はファッションモデルである。
職業としての美人であるモデルたちのプロポーションはかつてないほど平均的な女性たちから離れ、
不合理でとんでもないものになってきている。
メディアを通してこれらの偶像は偏在し、美は規格化される。
雑誌や美容専門家たちは女性たち全員に向けて、
これらの規格化された美を努力によって誰でも得られるのだと呼びかけ、
私たちはそれに基づいて自身の方針を決める。
すなわちボディは粘土のように任意に形成できると信じこむ。
この美の理想を成し遂げることができなければ
それは個人的に断念したということになり
意志の弱さと能力の低さと関連づけられる。
女性の身体は自然のままでは恥ずかしいもので、
美しくあるためには必ず手を加えなければならないという
この見解には女性のボディそのものに関する侮蔑が含まれている。
現代の美は、「金次第で獲得できるもの」であり、
「それに合致しない女性はそのために恥ずかしい思いをしなければならないもの」となったのである
「なぜそんなに痩せたいの?」関連記事一覧
→1 美人の文化史
→2 美人の社会心理学
→3 美しいボディの創造
→4 美人をめぐる神話
→5 私の感想


