エレーヌ・フルマン
はい、セルライトです(笑)
現在私たちが普通に暮らして自然に目に飛び込んでくる情報にだけ頼っていると、
セルライトって、エステサロンの「施術前」の写真の中でくらいしかお目にかからないですけど、
歴史ある美術館にいくと一杯あるってことです。
ルーベンスという作家の1630年頃の作品、
バロック芸術と分類される時代です。
この時期は太っていることが権力の象徴であり美しいことだ、
という流行がもっとも盛り上がってた時代です。
この絵を見ても豊満と贅沢がほぼ同義だというのが分かります。
ルーベンスは派手な構図のものを沢山描いた画家で
そのなかではこれは比較的動きが少ないようにも見えますが
でもかなり思わせぶりです。
モデルは作家自身の二度目の奥さんエレーヌ・フルマン。
そう考えるとナマナマしいなあって思っちゃたんですが
離れて見て美しい肉体として描かれてるわけではなくて
自分で近づいて触る肉体なわけですよね。
この作品は遺言によって売却を禁止され
エレーヌの手元に残されたという、
ルーベンスにとって特別なものだったようです。
余計ナマナマしいんですけど・・・(笑)
当時はヌードというのは大っぴらに描いてはいけないもので
聖書か神話かをテーマにかこつけて描くのが暗黙のルール。
この作品は一応美の神ヴィーナスとして描かれているのですが
ヴィーナスを暗示するモチーフは殆どないです。
なぜか裸体に毛皮を羽織るあたりが非日常的な感じはしますが
でもこれも神々しさというよりも、むしろ「風呂上り?」
みたいな、現実と非現実の間で揺れ動いてる感じがします。
ヴィーナスにも見えないし、生活の中の奥さんにも見えない。
強いて言えば女性がなんとなく身体を手で隠すけど、
隠しきれていない、というポーズはヴィーナス像を連想させます。
(ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」とか」)
余談ですが、宮沢りえさんが写真集をだしたときに
なんとなく前を隠すようなポーズをしてたのも
「ヴィーナスのポーズだなあ」と思ったんですが
あれは意図したものだったんですかね。
この裸体に毛皮というのは
非日常の中でも神話よりというよりは
娼婦風の官能という風にみえます。
結婚したときルーベンス53歳で妻16歳なんです
妻はこれから生命の頂点に向かって凄い速さで駆け上がっていく年齢で
ルーベンスは寿命のことについて考え始める年齢、
そのギャップってルーベンスから見ると
物凄く深いものじゃないかと思うのです
近づくほど、触れるほど、深まっていく
自分には手の届かない生命の躍動っていう思いが
身近で生活する生身の身体を、
ヴィーナスの世界とも娼婦の世界とももつかない美の理想に
住まわせたのかもしれないですね
理想というのは、「取り返しがつかない」という想いの中にこそ宿るのかもしれません。
この身体を現代風のぴちぴちのTシャツとか
ローライズデニムとかに押し込むわけにはいきませんが
この豊満な肉体に豪奢な毛皮のコートを
おぼつかなげに羽織る姿というのは非常に良く似合うしミステリアスで官能的です。
(正直言うとルーベンスのエロジジイとも思いますけど)
近年の心理学実験では
痩せすぎてるモデルの写真をみると不安を感じる、
なんていう現象も確認されているようですが、
翻って寄せたり上げたり締めたり押し込んだりしてない
こういう肉体の姿って、安堵します。
女性にとって自然に近いボディラインだからってのもあるのでしょうが、
なんていうのか、現代人としては見て張り合わなくていいから楽ですよね。
「この人の太ももは私より細い、どうしようっ」とか
そいう無駄な戦いを連想させない美しさがあるってだけで嬉しいことです。
21世紀になって若い女性たちが
脂肪が自分を美の理想から遠ざけると信じるようになるとは
ルーベンスまったく思いもしないことでしょうね。
有名なこの三美神も奥さんがモデルと言われています。こちらも重量感のあるボディ
イメージはMarkHarden's Artchive.さんよりお借りしました
ヴィーナス、通称毛皮をまとったエレーヌ・フールマン The Little Fur (Helen Fourment, the Second Wife to the Artist)
ルーベンス
ウィーン美術史美術館

