不美人論 レビュー1
全然期待しないで読んだのだけど、色々なレベルで面白かった。
「ブス」という苦悩を哲学的な観点から一般化して語る、という面白さ。
ああ、哲学ってそういうことだったのか、と
この年になって始めて思いました。
ブスの苦悩、ニーチェ言うところのルサンチマン(不条理感や恨み)、でございます。
ちなみになぜここで不美人論の紹介か、というと
ダイエットに足をすくわれて動けなくなる、というのと
美醜の問題に足をすくわれて動けなくなることと
多分根っこは同じだろうな、と思ったので
(要するにありのままでは社会に受け入れてもらえない、という意識があって
なおかつその原因が自分の側にあるような気がしている、という共通点)
ゆえにここで紹介です。
この本は西研さんという哲学者さんと、
藤野美奈子さんという漫画家さんの対談の形で進んでいくのですが
藤野さんが、「ブス」という立場でお話をしています。
若い頃の林真理子さんみたいな感じですね。
ブスだと、とりあえずコミュニケーションの扉を開いてもらえない、とか
就職が不利とか、美人と露骨に差別される、とか
そういう話がたくさん出るのですが
実はいきなりだけど、それについては私はあんまりピンとこない
容姿に対して酷いこと言ったりする人ってのは実際いるけれど
それが美醜の階級による差別なのかどうか、って客観的に判断できないですよね。
(ブスだと思ってない人に対して「ブス」って言うことも可能なわけで、
言われた人がたまたま自分をブスだと思っていればそれは美醜の階級差別として認識されるけど、自分をブスだと思ってなければ単なる悪口なわけだしね)
ちょっと身の回りを考えると
美しさに手間隙かけない女性っていうのはたくさんいるけど
先天的なブスだな、って感じる女性って、ちょっと思いつかないものだから
なんていうのか、絶対的に明白な美醜の階級、というのが
存在するのかどうかという、この本の根本的なところに私はクエスチョンがあったりします
美醜って物質的に恵まれている現代日本においては
ほぼ後天的な問題だ、という気がしませんか?
私自身のことで言えば、自分が美人じゃないことは明白なんだけども、
それは単に美人というコードに興味がないからだと思っていて(楽天家だね^^)
だから、いつでもその気になれば
「なんとかして細身の身体になって(←ここで摂食障害になるんだけどサ)
髪の毛巻いて、まつげひっくり返して、アイメイクいっぱいして、
パステルカラーの身体のラインの出る服を着て、
胸のあたりからキャミソールのレース見せて
かかとの細い靴履いて、いい匂いさせて
ナントカ君って意外と指細いのねえ、とか言って男の子に軽くボディタッチして歩けばOK」
とか思ってたんだけど、
違うの(笑)?ズレてる?
ただ、なんだろ、私はそういう美人コードにちょっと興味をもって
まずボディに関心が集中して摂食障害やって、苦しみ終わってそこから出てきたから
私はあんまり顔の美醜の問題って考えなかったのかもしれないね
あれがボディより顔の方により興味があったら
「私は先天的にブスでいくら努力しても人から受け入れてもらえない」
っていう穴に落ちていたかもしれない
だから私はこの本に書いてあるより美醜はずっと主観的だと信じていて、
だから基本スタンス自体はこの本とずれてしまってるんだけど
(この辺の物質的な豊かさと美醜の問題については
もとは美の競争は一部の特権的な人々のゲームだったのに
社会が豊かになったことで皆が参加するようになって
ブスも不利なゲームに泣く泣く参加せざるを得なくなった、
っていうのが藤野さんの主張です。)
でもそのあたりの根本のところをとりあえずちょっと脇においてしまっても
それでもまだ面白かったのですよ、この本
ぼくたちは美醜の中で苦しんだり悩んだりして生きているわけで、それから切り離して自分がいるわけではないでしょ。「じゃあどうやってその中を生きていけば良いのか」という問題は考えられなければならない。「女性を美醜で評価してはいけない」の一言で片付けたら思考放棄になる。
長くなるから次回へ続きます。


