HOME食べ物の思い出>ちくわの思い出

自転車で一人旅をしていたころ
時々知らないお宅で食事に呼んでいただくことがあった
「泊まっていけ」とか「食事をしていけ」とか
初めて会う人に方々で随分親切にしてもらった

食卓の風景として一番印象に残っているのは
ある田舎で酷く腰の曲がったおばあちゃんに朝食によんでもらった時のことだ

太陽と風に長年晒された真っ黒でしわしわの顔をしたおばあちゃんが
朝食を食べていけ、と自転車に乗っていた私を誘ってくれた
たしかおばあちゃんは軽く畑仕事か何かをした後で
少し遅い時間の朝食だったのだ
なんだか心惹かれる楽しげなおばあちゃんで
私は自分で朝食を食べたあとだったのだけど
それでもお邪魔しておばあちゃんの食事にお付き合いした

おばあちゃんの朝食はそれまで見た食卓の中で一番驚くものだった
小さな飯椀によそった白いご飯と
茶色く煮しめたちくわが数きれ
それで全部だった
ちくわはまとめて煮て何日も煮返しながら少しずつ食べているのだろう、
黒く光って見えるほどに色が染みていた
おばあちゃんはにこにことして私に勧めてくれ
自分も同じものを食べ始めた

一人暮らしのおばあちゃんのその家には
どこからともなくもうひとり、お友達のおばあちゃんがやってきて
家の主が食事中なのも気にせずに
勝手にお茶を飲んで芋けんぴをつまみながらおしゃべりを始めた
どちらがその家のおばあちゃんなのか分からなくなるくらい
ふたりとも同じ色に同じ皺の顔をして同じ腰の曲がり具合だった

「私は本当に朝ごはんが美味しくてねえ」と飯椀を抱えたばあちゃんはしみじみと言い、
「それがいい、一番いい」と芋けんぴをつまむばあちゃんは自信ありげにうなづいた。
私は圧倒されたまま小さくまとまった食卓を真剣に見つめ、
ちくわをつまみ、ご飯を食べ、ちくわをつまみ、ご飯を食べした
一膳の白い飯はあっという間になくなった

食後、ふたりは楽しげに茶飲み話に花をさかせており
私はできるだけ丁寧に礼を言って辞し旅の続きに戻った
おばあちゃんは二人とも本当に楽しそうでとても親切だった

煮付けたちくわだけで食べる朝食を「本当に美味しくてねえ」と慈しみ、
その食卓に胸を張って招き入れてくれたあの楽しそうなおばあちゃんを
私は旅から帰っても折々に思い出す
自分のために品数の少ない膳をしつらえることがなんとなく好きになった
あのおばあちゃんに会えてよかったなあ、と
とっても単純に今でも私は思う

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コメント

はじめましてこんにちは、みさきと言います。
私は過食症で、ネットサーフィンをしていてこちらのページへ着きました。
とても優しい文章を書かれるのですね。
こちらの日記にはとても感銘を覚えました。久し振りに泣いてしまいました。
ありがとうございました。

みさきさん、はじめまして

レスが遅くなってごめんなさい。
食べ物、って、結局は一生切れ目なく付き合っているものですから
本当は優しい思い出ってたくさんあるはずなんですよね。
思い出せる気分のときと、そうでない時、ありますが。

またぽつぽつ、思い出したら更新していきます。
どうもありがとうございました。

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