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愛の寓意


ブロンズィーノというイタリアの作家の作品
「マニエリスム」という分類になる画家なんですけども
どういう意味かというと「理屈っぽい」っていうことみたいですね。

この絵はとんでもない絵だよなあ、と思うけども
一度見るとどうしてもじーっと長時間凝視してしまう
絵の中に謎かけ的に色々描きこまれている仕掛けが面白い、
というのも勿論あるけれども
それより、もう、単純に衝撃的なのです

ちょっとここで紹介するのが恥ずかしいのは
これ私にとっては本当にエロチカに見えて
あの、見るとわりと素直にどきどきします(笑)
だって、なんかもう凄いでしょ、色々。
たぶんリアクションとしてはそれで正解で
「愛と時のアレゴリーAn Allegory (Venus, Cupid, Time and Folly)」
というややこしいタイトルがついていて
謎の多い神話的小道具がたくさん書き込まれているのは
おそらくその辺の興奮を緩和して
これを神話をめぐる芸術にとどめておくための措置だと思われます

(余談ですが昔渡辺淳一さんの「失楽園」が売れに売れたときに
どこかの評論家さんが「あれはポルノ小説は恥ずかしくて買えないサラリーマンたちが喜んで買ったんだ」と書いていたのが妙に合点がいっておかしかったのを覚えてるんですけど、古今東西そういうカラクリって芸術の世界ではいっぱい起こってますよね。
とくにヌードに注目して絵画を見てると本当にそう思います)

真実の顔.jpg

この一見わかりにくい絵の一般的な解釈とされているのは
美術史家エルヴァン・パノフスキーという人の分析です
中央の女性がウェヌス(美の神ビーナス)
それに絡む少年がクピド(キューピッド)
不気味な微笑みで薔薇の花びらを投げつけようとしている子どもは快楽をあらわし、
右上の青いベールを剥ごうとしている老人は「時」の意味、
左上の人は時の娘である「真実」を表すんですが、
この真実さん、実はよく見ると仮面で目と頭骨がないんです。
少年の影で頭抱えてる老婆が嫉妬
子どもの後ろの無表情な少女は、
左右の手がそれぞれ逆についていて、下半身は尻尾という化け物ですが
「欺瞞」を現しているそうです。

ぜんぜんわけがわかりませんが
主題としては、時がヴェールを脱いで
愛の中の色々なものをあらわにしている、
という絵であるらしいです。

bronzino_amore4.jpg

ちなみに今まで知らなかったのですが
ビーナスとキューピットは親子だそうですね
その時代官邸ではやっていた貴婦人と小姓との恋愛遊戯を
暗示するようです

これは色々変なところがある絵なので
どの部分から目が離せなくなってしまうのか、
というのが、一種の心理テストみたいにもなりうるくらい
じゃないかって思いますけど
私はやっぱり少年のクピドが気になって仕方ないんですよ
なんでこんなに身体がねじれて歪んでるんだろう
二人の人間を切ってつなぎ合わせてるんじゃないかってほど
背骨と首のあたりが不自然ですよね。
このデッサン間違えたんじゃないか、という落ち着かないラインに対して
澁澤龍彦が衝撃的なことを書いています

「この姿勢を見てごらん。尻をうしろに突き出して、あられもない格好をしているじゃないか。あえていえば射精寸前、もうたまらないと腰を引いた感じだ」
bronzino_amore3.jpg

ひえーっ、と思ったんですけど
そう思ってみると、また絵が全然違うものに見えてくるから
やっぱり作家は凄いこと考えますね。
あとは澁澤は右手が乳首をはさむように包んでいることも
エロティックなディティールとして注目してますけど
むしろ私は左手がそっと頭を抱くように髪に添えられていることの方が
エロスを感じます。
この辺は男性が見るポイントと女性の見るポイントなのかもしれないなあ
と思うと、面白いですよね、すれ違いっぷりが。

bronzino_amore2.jpg

あと私は後ろで頭かかえている嫉妬さんにも非常に共感を持ちますね。
私も愛の後ろの暗いところでよく頭抱えたなあ、とか思って(笑)

どうでしょうか、どのあたりが気になってしまうか、凝視してみてくださいませ。

さて、最後にあわてて女性のボディサイズの問題にだけちょっと戻っておきますと
この絵が描かれたのが 1503-1572、盛期ルネサンスとバロックの合間くらいです。
理想は痩せて胸が小さく腹の出た女性のボディが理想とされた時代から
肥満が官能と奢侈の象徴としてもてはやされていくその境くらいの感じでしょうか。
何か非常に人を惑わされるものとして描かれている女性の身体です


※参考図書
澁澤龍彦著裸婦の中の裸婦


愛の寓意

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コメント

ご無沙汰しておりますです。デリラです。飽きもせず、セックスについて日々考え込んでいます。そして、その道に恐らく終わりはありません……。

私は後ろの少女に目がいきました。
欺瞞、というのはやはり私の考える『モテ』に繋がる考えだと思うのです。
『モテ』は、人生の過程の結果であるはずなのに、今現在、目的になってしまっているという不思議は、不思議でも何でもなく、私が其処で自分自身を欺いているためだと思うのです。

などという自分語り失礼しました。
公有題材で語れることが出来るのって凄いですねー。憧れます。

デリラさん
ご無沙汰でございます。
デリラさんはやっぱり観察鋭いですよね。
「欺瞞」と「モテ」ってのは、面白い。
昨今女性誌は「モテ」だらけですが、
「モテダイエット」「モテメイク」「モテファッション」
「モテ」を全部「欺瞞」に変えると非常に怖いですね(笑)。

誰しも「飽きもせず、セックスについて日々考え込んで」いるとは思いますが、
必死に考えればどんだけ長引いても五年くらいである程度底が見えてくるのじゃないかしら。
こういうどこででも聞けるようなお行儀の良いこと言っても仕方ないんだけども、
自分はいたわってくださいませね。

澁澤龍彦の本を読んでの解説なので、凄いのは私じゃなくて澁澤龍彦なんですよ。

いや、引き出しの多さがすばらしいと思います。
私も本読まないと、と思います……。

デリラさん
褒めていただくと嬉しくてムセてします。ゴホゴホ
でも文章読んだ限りではデリラさんも色々な引き出しを感じさます。
だいたいデリラというHNからして、ちょっとひねりがきいてますものね。
デリラ、お好きなんでしょうか?

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