モードの先行く美女
先日書いたマリ・クレールダイエットスペシャルに関する記事について
「ダイエットやめたらヤセちゃった」の夏目祭子さんがブログで取り上げてくださいました。
→「マリ・クレール」特集に見えた女性誌の限界の部分
夏目祭子さんはマリ・クレールのこの特集にコラムを寄せていらっしゃるので
「編集部さんとしがらみとかあったりしないんですか?」
と、出版業界を全然知らない私は世間知らずな感じでご心配申し上げるのですが、
私の書いた批判的意見も大筋を受け入れてくださってます。
私には大変心強いこと。
さて、先日も書いたとおりおよそ女性誌というものをじっくり読んだのは久しぶりで
モードファッションはそれなりに楽しんで見たのですが、
やっぱりモデルの女性たちは無機質なほど痩せているし、しみもしわもないのが目につくなあ、と改めて感じました。
こういう写真と自分を比べるとなんだか変な不安を呼び覚まされます。
だけど私がちょっと思ったのは、
あれって女性誌の方も引っ込みつかなくなっちゃってるんじゃないでしょうかね。
女性たちがいつダイエットをやめたらよいのか分からなくなってしまってるのと呼応して、
女性誌もモデルを痩せさせていくことに、もうブレーキを掛けられなくなってるんじゃないか、っていう気もします。
「だって痩せたモデルはウケるんだもん」という、にわとりたまご状態になってしまってるところってきっとあるわけですよね。
本当に色々な身体を持った女性たちが、モデルに似ていないことを恥じることなく
堂々と魅力的に街を闊歩して、劣等感を持っていない女性が巷に溢れていけば
女性誌もそれについてこないわけにはいかなくなるだろうし。
みんな女性誌の後をついていくのを止めて、女性誌の先行っちゃえばいいんですよね。
流行にはかならずゆり戻しがあって、
ロングヘアが流行った後は必ずショートカットの時代が来るとか、
暗い色が流行ったあとは、明るい色がくるとか、
スカートが長くなったあとは、また短くなるとか、
そういうのは必ずあるわけで、
限界まで痩せた理想は、あとはどう考えたって太っていくしか選択肢はないわけですが、
女性誌についていかなきゃ行けない限り、どっちみち永遠に不安です。
もう女性誌にドナドナされるのはやめた方がいいだろうなあ、と
マネキンによく似た質感の肌の美女たちを見ながら思ったことです。
そんなわけで、ここ「ダイエットをやめて自由になる」が提唱するトレンドは
”モードの先行く美女”でございます。

