« 2007年04月 | HOME | 2007年06月 »

2007年05月31日

近況報告
○復刊リクエストにかんするご報告
○英語文献を読もうという試みなど
○ランキング考察

○復刊リクエストに関するご報告
HoneySconeのはなさんがブログ上でs
復刊リクエストのお願い 「みんな、やせることに失敗している」に協力してくれています。


「みんな、やせることに失敗している」15票
「「やせ願望」の精神病理」3票

おかげさまでこれだけの数があつまっています。
みなさんご協力ありがとうございます。

→関連記事参考文献復刊リクエスト


○英語文献を読もうという試みについて

ところで昨日アメリカの古本屋さんから本が届きました。
どん。
Unbearable Weight: Feminism, Western Culture, and the Body
Unbearable Weight: Feminism, Western Culture, and the Body

開封した瞬間「ひえっ、こんなに厚いの」と言ってしまう自分が情けないです。
Cafemmeさんお勧めの
ダイエットの社会学の論文というので、殆どなにも考えずに買ってみたんですが
何も考えてなかっただけに、実物を手にするとひるみますね(笑)。

私一人では読めないから、これをこのサイトを見てくださっていて
英語に興味ある方と結託して読めないかと期待してるんですね、
手伝ってくださる方いないだろうかー、と。

今考えてるのでスキャナで読み込んでメーリングリストで流して
みんなで分かるところからできる分だけ読んでいく、とか
そういうことができないかな、と思って
とりあえずうまく読み込めるかどうかのテストとか、
メーリングリストの開設をしてみたりとか
あと、著作権もろもろについてちょっと考えたりですね、
のろのろ準備中です。
計画だおれてもいいからとりあえず始めてみようくらいの勢い。

○ランキング考察

数日前からにほんブログ村のメンタルヘルスブログ 摂食障害に参加しています。
ちょっとビックリするほど上位参加させていただいて、嬉しいことです。
必要なところに必要な情報を届けたい、という思いがあるので
やっぱりこれはとっても嬉しいことです、はい。
(あと、何にせよイチバンというのは久しぶりなので単純に嬉しいというのもあります)

その他、ブログ開設初期の頃から
人気blogランキング ダイエットカテゴリにも参加しているんですが、
ブログ村の相互作用なのか昨日あたりは一ページ目にランクされていました。
ここはずっと順位が上がらなかったので、
「カテゴリ違いで、この手の情報ではちょっと上位は無理なんだろうな」
と思い始めていたんですけども、
ただ「ダイエット情報」が沢山並ぶなかに「アンチダイエット情報」が
普通に混ざっている、という状態を作り出してみたかったんです(笑)。
「ダイエット」も「アンチダイエット」も、どっちでも好きなほうを気楽に選べる、
っていうふうな状態に憧れてまして、
だからブログランキングの方はもうすこし、畑違い(?)の
「ダイエットカテゴリ」参加のままで踏ん張ってみたいと思います。


→にほんブログ村メンタルヘルスブログ 摂食障害
人気blogランキング ダイエットカテゴリ

2007年05月30日

「食べない心」と「吐く心」―摂食障害から立ち直る女性たち
「食べない心」と「吐く心」―摂食障害から立ち直る女性たち


母子関係に摂食障害の原因を求める説です。
摂食障害に関連する本の中でも
かなり広く読まれているものではないかな、と思います。

私がこのサイトを通して自分の意見としていっているのは
「母子関係に摂食障害の原因がある、
というケースは勿論あるだろうけれども、
それでは全ての説明はできないし、
摂食障害=親子関係に問題がある、という決め付けは偏見だ、
ということをものすごく大きな声でいいたいんだぞ」
というのがひとつあるわけですね。
なのでちょっと批判的見解を書きます。

この本で救われた方もいっぱいいらっしゃるでしょうし
この本を支えとしている方もいらっしゃるでしょう。
私がどう思おうがその「救い」は間違いなく得がたいものです。
これから私が書くのは、
あくまで「私はこう思う」という話になります。

まずこの本の第一の主張としてあるのが
摂食障害というのは「幼少期の”心の傷”が”癒し”を求めるサイン」である、ということです。
そして摂食障害に悩んでいる人は
「おそらく今まで誰にも理解されたという実感を持ったことがなく」
「”孤独”をずっとかかえてきている人」であり
そして摂食障害の治癒とは
1、「心の傷」を癒す
2、親の愛情を受けなおす
3、「自我」の再構築をする
4、親から謝罪を受ける
という四つを行うことで可能になる、とされています。

この本自体、私は非常に読むのが辛くて何ヶ月も掛かってるんですが、
まず全体的な感想としては、

「子ども扱いされる感じが嫌だ」というのがあるんですね。
本文中にこんな文章があります。

摂食障害にはなっているけれども、幼児期に精神的なショックを受けていない、思い当たることは何もない、というかもしれません。そんな人でも両親の関係、母親、父親と自分の関係が必ずしも円滑なものでない、と感じていると思います。それはもともとの心の傷を忘れてしまっただけなのです。

とりあえず、こちらが何を主張しようとも
「お母さんが・・お父さんが・・・」といわれなければならない、というのは
それだけで私はいやなんですね。

人間関係は濃ければ濃いほど必ず後悔は残るはずです。
「家族」という関係の濃さを思えば、
「いくら頭をひねって考えても一つの後悔もない」という関係のほうが
むしろ大変に珍しいのではないかと思います。
注目すべきなのは、
幼児期においておいて傷ついたことがあるか、無傷だったか、ということではなく
その「傷」が現在の生活に何か「影響」を及ぼしているときに
その「影響」をそのまま「維持させてきた」という
現在の心の状態の方にあるのではないか、と思います。

そして「原因」が仮に「親」にあったとしても
「維持」させるのは「本人」あるいは「現在の環境」だと私には思えるのです。
少なくても、私は様々な局面で自分の人生を乗り切るために
自分で自分のために過食症という状態を維持し続け、
そして必要がなくなったときにそれは自然に収まりました。
私が過食症を何年維持するか、
そしていつどのようなきっかけでそれをやめるか
ということについては親はまったく関係なかったのです。

著者は親から謝罪を受ければ摂食障害は治る、と言います。

私はそうは思えません。

実は私自身が「あなたの摂食障害は自分のせいである」
というようなことを母の口から聞いたことがあったのですが、
とにかく、非常にいたたまれない思いでした。
自分のことについて母を責める、という立場になるのはとても辛いものです。
そして摂食障害を「私のもの」ではなく
「母のもの」として扱われることも不本意でした。

著者が謝罪を受ければなおる、と考えるのは
摂食障害は「傷の癒しを求める病」と捉えるからですが
私はむしろ自分の体験から、
「可能性の病」であるという気がしています。

確かに私が母の姿を手本とし「私もこういう生き方をしよう」と思っていれば
その価値観の安定の中で摂食障害にはならなかったのではないか、
とは思います。
私が苦しんだのは「新しい何か」を探していたからで
今まで自分が持ってきた価値観、
そして自分がこうありたいという価値観の
相容れないふたつの価値観の狭間のどこでバランスをとろうかという試行錯誤、
見境もなく大量に飲み込み、
見境もなく全て排出し、
という苦しみを繰り返しながら、
なんとか自分自身の新しい価値観の可能性を見つけていこうという創造の試みこそが
摂食障害だったのではないか、と私は思っています。

ただ、それが「手本たりえなかった母のせい」なのかというと話は別です。
価値観はつねに古くなり、解体され
血のにじむ苦しみの中から新しく生み出されていくものではないでしょうか。
「摂食障害にならない娘を育てられる人の方が母親として立派」ということは
ありえないと思うのです。

誰でもそれぞれの限定の中で暮らします。
女であるということも、
娘であるということも、
他ならぬ”この母の娘”であるということも、
全て限定ですが
その中で自分の限定をどう認識し、受け入れ、あるいは解体し、
新しいものを志向していくか、というのは
そこで生きる本人の主体性の中にあるものではないでしょうか。

もちろん幼少期に親から不当に傷つけられ、
親の責任であることについて自分を責めてしまうことから逃れられずに苦しんでいる人
というのは沢山います。
そういった人に対して治療者が
「そのとき起こったことははあなたの責任ではなく親の責任だ」
と客観的に告げることは、
起こったことを正しく認識する上で必要なことだと思います。

ただ、それで全てを片付けようとするのは
あまりにも現実を無視しています。
あまりにも「本人の現在の悩み」を軽視しすぎていると思うのです。
「正しい育ち方をしていれば摂食障害になんかならない」
というのはおかしくないでしょうか。
苦しんでいるのは「今現在を生きている私」です。

「可能性の病」として、私はむしろ
大量に詰め込み、大量に排出しながら
そうまでして自分の中で生まれ出てこうようとしていたものに
注目していたいと思うのです。

自分の摂食障害の原因は親子関係にあったのではないか、
という思いを薄々感じられていらっしゃる方には、
この本は希望を与えてくれるものだと思います。
ただ、親子関係は自分の摂食障害とは関係ないなあ、
という気持ちを持っていらっしゃる方がこの本を読んで
「自分では忘れてるだけで幼児期に傷つけられたのかあ」と
無理やり思い込む必要まではないと思います。

2007年05月29日

ダイエットをしないで痩せる方法」の紹介をしています。


究極の選択の話はまだ続きます。

1・私は太っていて不幸せを選ぶ
2・私はスリムで不幸せを選ぶ
3・私は太っていて幸せを選ぶ
4・私はスリム体質で幸せを選ぶ

この先どのように自分の悩みと向き合うか、という選択です。

ところでこの選択になぜ拘るかっていうと、
多分、自分の悩みに対してこういう選択肢があるってことを
考えたことのある人って(私を含めて)殆どいないんじゃないかな、と思うので
視点として凄く斬新だから紹介したいわけなんですけど。

「やせ願望」や「過食という表面上の行為」にとらわれてしまうと
「スリムで不幸せ」とか「太っていて幸せ」
とかいう状況は考え付かないのですよね。
「やせ=順風満帆」
「太っている=諸悪の根源」
という思考回路が固定してしまうんですね。
この「やせ=順風満帆」「太っている=諸悪の根源」という考えこそが
「ダイエット依存心理」である、というのが本書の主張です。
とりあえず「ダイエット依存心理」ある限り
どんな体型でいても不幸だぞ、と述べられています。

**以下引用文**
「太っていて幸せ」であるためには、
今の自分をありのままに受け入れることが前提です。
「スリム体質で幸せ」であるためには、
まず、あなたがかつて過食をしていたこと、
太りすぎたのは当然であることを認めなければなりません。

その当時の知識と選択肢からすれば、
あなたはいつもそのとき考えられる最高の選択をしてきました。
でも今、あなたには別の選択肢があります。
過去の自分を許し、前に進むときがきたのです。
**引用ここまで**

(ところで、以前の記事の繰り返しになりますが
私はこの「太りすぎ」って言葉はちょっと気になります。
ダイエット依存心理的ボキャブラリーですよね、これも。)

で「太っていて幸せ」と「スリム体質」で幸せ
の間に、実際問題どれくらいの差があるかっていうと
最終的には同じところにたどり着くだろうとは思うのですが
最初の取り組みとして、
身体の空腹以外の欲求で食べたくなったときに、その気持ちを認めて、
「私は空腹で無いけど食べている、でもこれはこれでいいのだ」と開き直るか、
それとも、食べ物では心的渇望は満足しないという現実に向き合って
食べることで妥協せずとことん自分の辛さに付き合うか、
という選択になると思います。

で、私が考えているのは
やっぱり気持ちとしては「太っていて幸せ」を選びましょうよ、
というのが、このサイトを通して呼びかけたいことなんです。
(しつこいですけど、実際に太るかどうかは別問題ですよ。
ただ「身体には太る権利もある」ということを認めるってことです。)

ストレスがどうしても
「食べ物」や「やせ願望」という形で表に出てきてしまうのは
今の社会的価値基準からして、避けるのはなかなか難しいですけども、
それは悩んでいる限りは「短所」にとどまりますが、
ひっくり返せば、それによって「緊張を少し抜く」という方法を持っている
ということでもあって、
自分には辛い状況下でも「過食」という後ろ盾がついているのだからと安心して
人生で少し思い切ったことをやる、という生かし方もあるわけですよね。

身体的空腹にだけしたがって食べるという選択(スリム体質)は、
実際にストレス状況下にいる人にとっては
かなりの精神的体力(?)が必要ですし、
場合によっては余計にストレスを大きくさせるのではないか、と思います。
ではストレスが減るのを待って「スリム体質」になろう、と決めるのでは
あいかわらず先延ばしばかり得意の「ダイエット依存心理」です。

あなたが少なくても現在何かに傷ついているように感じるなら
自分が手に入れることができるものについては
できるだけ取り上げないのが最善だと思います。
身体が必要とする以上の食べ物であっても、
もしそれでしばらく心の緊張から逃れられるのであれば
それには十分な価値があるし
そんなに大切なものを弱っている人から取り上げるべきではないと思います。

そうしていて、自分の身体が自分の心のもとに戻ってきたとき
「肥満」も「スリム」も「過食」も
殆ど何の意味もない言葉になるのだと思います。

もう一度、四択。
自分自身の「辛さに向き合う力」も計算に入れて
それを良し悪しで評価したり、目をそらせたりするのではなく
それを生かすための選択をしてみてください。

1・私は太っていて不幸せを選ぶ
2・私はスリムで不幸せを選ぶ
3・私は太っていて幸せを選ぶ
4・私はスリム体質で幸せを選ぶ


ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

2007年05月28日

ダイエットをしないで痩せる方法」の紹介をしています。

究極の選択の続編です。
前回記事「6、太っていて幸せ」から読んでくださいませ。

1・私は太っていて不幸せを選ぶ
2・私はスリムで不幸せを選ぶ
3・私は太っていて幸せを選ぶ
4・私はスリム体質で幸せを選ぶ

14歳のとき「太っていて不幸せ」をやめ
「太っていて幸せ」を選ぶことを決意したキャロルの例です。
長いですが引用します。

**以下引用文** 

高校生の頃の私は本当に惨めでした。
人生のすべてが食べ物を中心に回っていたからです。
今食べているものについて考え、
食べていないものについて考え、
これから何をたべるかについて考えていました。
まるで私の頭の中に悪魔がいるようで、
その悪魔は、私が食べ物や太り過ぎのことを考えるのをやめようとしても、
どうしてもやめさせないのです。

その当時は、今のようにダイエットに関する情報があまりありませんでした。
それにダイエットは自分には効果がないだろうと、
私は何となく直感的に悟っていたのです。
万が一、何かのダイエットを続けられるとしても、
それは鎖につながれて生活するみたいなものだろう、
私は相変わらず自分のことが嫌いだろうと感じていました。

ダイエット依存心理については知りませんでしたが、私は頭のいい子供でした。
自分には二つの問題があるという結論に達したのです。
一つは太っていること。
もう一つは、太っていることをいつも悩んでいることです。

太っていることについてもう悩むのをやめるだけで、
一夜にして悩みの半分を消すことができる。
私はこう考えました。
「そんな風に降参してはいけないわ。
次善の策で我慢するみたいじゃないの。きっともっと何かできるわよ。」
と、初めは考えました。
それに自分をそのまま受け入れるには、自尊心を捨ててしまうことが必要でした。
でも私は本当にもの凄く惨めだったので、
そこから脱出するには、どんなことでもしたと思います。

私はMサイズの服に身体を押し込もうとするのはやめ、
Lサイズの服を買いました。
自分の食べたいものを食べ、とにかく太りすぎを悩むのをやめたのです。

どうやって悩むのをやめたのか、よく分かりません。
とにかくやめたのです。
頭の中でその声が響くと、私はこれでいいのだと自分に納得させました。

**引用ここまで**

「太っていて幸せ」になることを選んだキャロルは、
食べたいものを食べるよりになり、なぜか体重が減り始めます。
半年で10キロ減り、食べたいものを食べ続けながら
そして現在に至るまで20年間その体重を維持しているそうです。

「自尊心を捨ててしまうことが必要でした。」
って書いてあるのが面白いなあ、と思ったんですね。
私も過食から回復していく過程で同じようなことを感じていたんです。

なんというのか、過食症からの回復って
英雄的な行為ではないんですよね。
ドラマチックに葛藤があり、苦闘の末努力が実る、
っていうことではなくて。
ただ、わりと格好悪く「諦めた」っていう。

今まで凄く頑張ってきたものからいきなり手を離した感じ。
「自分はこうあるべきだ」と思っていたものを壊したんですよね。
考えていたのは「しょうがないじゃん」ってことです。
私がどういう風になりたがろうが、
それとは関係なしに私はこういう人間なんだから、
しょうがないじゃん。
私はストレスがかかると過食をしたくなる人間だし、
私は自分がそうありたい、と思うよりは体重が多めに設計された人間なんだから
しょうがないじゃん。
どうしようもないじゃん、って。

どうやって悩むのをやめたのか、よく分かりません。 とにかくやめたのです。 頭の中でその声が響くと、私はこれでいいのだと自分に納得させました。

本当にこの通りでした。
最初は意識的にこう思っていたんですけど、だんだん習慣になってきました。
「身体のサイズを自分の思ったとおりにできると決め付けるなんて、
身体に対して随分失礼じゃない?」
っていう風に、今は自然に思ってます。

諦めるというのは、
諦めてしまえば随分楽チンなものだなあ、と。
今だから思いますけど、
諦めるのはやっぱり苦かったですね。

でもまた同じ選択に直面したら
やっぱり同じ諦めを選びます。
手を離したことで得たものが大きかったですから。


ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

ダイエットをしないで痩せる方法」の紹介をしています。

この本の最大の山場かとも思うんですけども
自分のこの先の生き方を決める四択があるんですよ

選んでみてくださいませ。

1・私は太っていて不幸せを選ぶ
2・私はスリムで不幸せを選ぶ
3・私は太っていて幸せを選ぶ
4・私はスリム体質で幸せを選ぶ

迷う人はどれくらい居るのだろう。
私は最初、迷わず4を選びました。

いや、だってですよ、
たしかにこんなサイトやってますけども、
極端な痩身崇拝はうんざりですけども、
でも世間の大部分の人は「痩せてるのはいいことだ」と無邪気に思っているからこそ
痩せてた方が、何をするでもなんとなくスムーズなんですもの。

銀河鉄道の夜っていう童話で
主人公のカムパネルラが、
自分でもなんだかよくわからない切符みたいなものを
よくわからないまま車掌さんにえいっと見せたら
なんだからよくわからないけれど車掌さんはやけに敬意を表してくれて
まわりの乗客も、たいしたもんだ、と恐れ入る、
っていう場面がありますが、

だいたいそういうような感じで
なんだかよくわかんないけれど
「スリム」って切符を出してハイって見せると
まわりが感心してくれて色々コトが簡単に進むようになるんですもん。

と、思って4。

だったんですけど、これ後で変わります

その前に四択の詳細説明

1、太っていて不幸せ
・ダイエットとドカ食いのジェットコースターに乗り続ける
・太っていることやダイエットが続かないことで自分を責め続ける
・自分に禁止する食べ物を設け、
太りすぎていることを理由に活動や人間関係を制限する
・自分の体重や、何を食べるか何を食べないかについて、できるだけ悩む
・「あなたは太りすぎだ、あなたは失敗者だ」と四六時中、自分に言い続ける。
・そして何よりも、新しいダイエットが現れるたびに次々に試してみる

私たちは「幸せになりたい」と口では言います。
しかし「太っていて不幸せ」というのはたくさんの利点があります。
何かを変えるというリスクをおかさなくていいし、
性的な関係から離れていられるような気になれるし
何でも太っているせいにして逃げられるし、
太りすぎのことをあれこれ考えていればほかの問題から逃げられます。
「太っていて幸せ」では得られない何かを「太っていて不幸せ」から得てるのかもしれません。
「不幸せ」の利益を喜んで捨てられますか?

2、スリムで不幸せ
これは「太っていて不幸せ」とよく似ています。
違う点はただひとつ、自分の時間とエネルギーのほぼ全てを費やして、
スリムでいるために必死で努力し、次から次へとダイエットを試していることだけです。

3、太っていて幸せ
本当のところあなたはスリム体質になれない身体なのかもしれません。
もしそれが事実なら、一番実際的なのは自分をありのままに受け入れ
人生とうまく折り合っていくことではないでしょうか。
スリムになることを諦め、
過食すること、今のままでいることを楽しむようになったら
自分は何ができるだろうか、それを全部考えてみましょう。

・ダイエットについて二度と考える必要がない
・身体に快適な服を買える。細く見せようとして1サイズ小さい服を買う必要がない
・食べたい物を何でも好きなだけ食べられるし、それを楽しむことができる。
・周りの人がダイエットの本を買ったり、
雑誌に載っているダイエットの記事を読んで時間を浪費したりしているのを、
余裕たっぷりに笑うことができる
・スリムになるまで人生を保留せずに、それを思いっきりたのしむことができる

4.スリム体質で幸せ
(詳細は5 スリム体質研究参照)

さてこの「太っていて幸せ」の特徴ですが、
多くの人が「やせたらこんな生活がしたい」と口にする憧れの生活と殆ど同じです。
つまり痩せなくても、今の自分を受け入れるだけでやりたいことはできるんですよね。

ただ、受け入れるのはちょっと大変です。
なぜなら今まで受け入れないためによく頑張ってきたからです。

この「太っていて幸せ」の特徴をじっと見ていて思い出したのですが
私が最終的に過食症から抜け出したとき、
漠然と、ですが、この四択に直面していたんですね。
そして3の「太っていて幸せ」を選んだんです。

過食するならする、そのままで
「今の条件でできる範囲で、できるだけ幸せになろうと努力しよう」
と決めたんです。
そして開き直って過食したらなんとなく治ってしまったんです。
だからその後で体重が落ちたのは、本当に
人生がシャレでくれたおまけだと思います。

ところで、
なぜそのとき4「スリム体質で幸せ」を選ばなかったかと言うと
そのときの私にはぜひ過食が必要だったんです。
自分の中に何か問題がやってきたときに
「過食に逃げずに問題に正面から立ち向かう」なんてこと
絶対にできなかったんです。
それほどの精神力がないってわかっていました。
だから「過食しておこう」と思いました。
でも「できるだけ幸せにやろう」と。
(そのときたまたま凄く不幸だったんですけど、
でも不幸なりに幸せ目指していいわけですから)

そして過食しているうちにいつの間にか治っていったというのは
「太っていて幸せ」から「スリム体質で幸せ」に
気づかないうちに進んでいたんだと思います。
過食しているうちになんとなく問題に直面する勇気が育ってきたんですね。

そういうことを思い出していて、
私は四択をもう一回選びなおしました
やっぱり3「太っていて幸せ」がいいです。

自分の手にあまる問題がやってきたときには
私は過食に逃げる権利を残しておきたいです。
それで太っても別にかまわないです。
そうやって十分に精神力がつくまで
ゆっくりと休んでいられる「過食」というゆりかごを
私が持っているんであれば、それは手放したくないです。

そういうわけで私は「太っていて幸せ」を選びます。

みなさんはいかがでしょうか。

※次回もこの話題が続きます




ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

2007年05月27日

ダイエットをしないで痩せる方法」の紹介をしています。

さて、この本は
「ダイエットは効果が無いし、太りやすい体質になって、
後ろ向きの思考回路になって、
自分を嫌いになるだけのものだからやめちまえ!」

というところから出発しています。
では、ダイエットが効果ない以上、
どうやって痩せられるのか?という点についてですが
これに対する回答は

「ダイエットのことなんてまるきり考えずに生活していて
尚且つスリムである人々(スリム体質の人)の
行動、考え方を真似しよう」というものです。

著者38年のスリム体質研究結果が
次に明かされるわけですが、
激しい衝撃を受けるほど普通のことを書いています。
38年かけてこんなに普通のことにたどり着くあたりは
私、結構好きです。

---------------
「スリム」という言葉が出てきますけど、
勿論、”女性誌が推奨するような栄養失調ぎりぎりの低体重”のことではなくて
”自分の身体を自然に感じられる身体性”というような感じの解釈で読んでいます。
スリム体質=「反・ダイエット依存心理」として使っているのであって
具体的な体型とか体重とかのことではありません。
なんか、あんまりいい言葉ではないんですけど、
著者にとっては大切な言葉のようなので、そのままで。
---------------

○スリム体質の四つの基本
・空腹なときだけものを食べる
・自分が食べたいものを食べる
・口に入れた食べ物のひと口ひと口を味わって食べる
・空腹でなくなったら食べるのをやめる

スリム体質の人が物を食べる理由はお腹が空いているからです。

スリム体質の人は何を食べたいかを自分の身体に聞きます。
何かを探して台所をうろうろすることはありません。
食べ始める前に何を食べたいのか決まっています。

スリム体質の人は食べているものと
それが「身体の空腹感」に与える効果を意識しています。
食べているものを意識してしっかり味わうので満足できるのです。

スリム体質の人はお腹が一杯になったら食べるのをやめます。
誰かが無理にすすめたら「もうおなかいっぱいです」を
何度でも繰り返します。

○スリム体質の人の食べ方

・身体の要求にしたがう。
そのときの本能に従って食べます

・食べ物を自分へのご褒美にしない
自分へのご褒美には映画へ行ったり、服を買ったりします。
また食べ物を罰にすることもありません

・「今しかチャンスがないから」という食べ方をしない
食べ物はいつでもあることを知っています。

・禁止の食べ物がない。
空腹のときにはいつでも欲しいものが食べられるから、
急いで食べる必要がありません。
(あなたが万が一、食べすぎるか、たべることを自分に禁じるかの
どちらかを選ばなければならない場合は食べ過ぎるほうを選んでください。
長期的に見れば、禁じられているという気持ちの方が、
たまに食べ過ぎることよりもずっと害が大きいからです)

・耳を傾ける
身体が何を食べるよう命じているかに耳を傾けてそれに従います。
本能を信頼し、ばかげたように思えるときでもそれに従います。

・みんなの前で食べる
隠れて物を食べたりしません。どうして隠れる必要があるのでしょう?

・食べ物は食べ物に過ぎない
食べるという行為は呼吸と同じように自然で必要な行為なのです。

・幸福感を得られる何かをする
自分の食べたい物を食べますが、幸福感を得るために物を食べることはありません。
楽しさや幸福感を得たいときには、それを与えてくれる何かをします。

これでだいたい「スリム体質の心理」が明らかになりました。
次には「ダイエット依存心理」と「スリム体質の心理」どちらを選ぶか
という興味深い選択があるのです。


ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

ダイエットしないで痩せる方法」から「食べ過ぎる理由リスト」のご紹介です。

この本によると食べ過ぎる人は食べ物を使ってあらゆる渇望、
感情的渇望、知的渇望、さらには性的渇望までも、を満足させます。
何かに対して渇望感があると、それは食べ物に対する渇望だと
習慣的に思い込んでいるのだと解説されます

問題は、食べ物ではこういった渇望を絶対に満足させられないことです。

食べ過ぎる理由リスト

1、慰めを必ず与えてくれるから
→「食べ物ほど慰めてくれるものはないわ。口答えもしないし、去ってしまうこともない。
食べ物は身体と心の痛みを慰めてくれるの」

2、私はグルメだから
→「私はいつも美味しいものを求めているの。ご馳走を食べ損なうなんて考えられない」

3、自分へのご褒美として
→「今日は一日よく働いたから、自分のために何かしてもいい時間だわ」

4、世界には「お腹をすかせた子供たち」がいるから
→「最後の一口まで食べてしまわなければ贅沢で我が儘で、世界の繁栄を脅かし、
お腹をすかせた人を増やすことになる。
とにかく食事を平らげるのは良いことで、残すのは悪いことに決まっている」

5、教えにしたがって
→「子供の頃、皿の上のものは全部食べなさい、としつけられて育ったの」

6、得だから
→「他の店の一個分より安いんだから三つ食べましょう」
→「バイキングなんだから沢山食べなくちゃ」

7、何かをぐずぐず延期するため
→「片付けなければならない仕事を机の上に全部並べて、
そのときふと、何か食べなくちゃ、って思うの」

8、テレビを見るため
→「テレビを見ることと食べることがただセットになっている」

9、今しか食べるチャンスがないから
→「私が食べないと他の人がたべてしまう」
→「今食べないと何時間も食事にありつけないかもしれない」
→「こんな美味しいデザートにはもう巡り合えないかもしれないから沢山食べておこう」

10、誰かに強く勧められたから
→「ご馳走してもらったのに残したり、お代わりを断ったりするのは失礼でしょ?」
→「誰かに薦められたら断れないの。体重を減らすことより、
相手に好意を持ってもらったり喜んでもらうほうが大切でしょ」
→「みんなで食べたものが最後に一切れ残ってしまったから、私が食べたの」
→「後で食べなさいってせっかく作ってくれたのに、食べなかったら悪いでしょ」

11、記念にするため
→「こんな素敵なところには二度とこないかもしれないから色々食べておかないと」

12、健康のため
→「もっと食べないと栄養失調になってしまう」
→「食べるのをやめたらまたタバコを吸い始めるかもしれない」
→「スナック菓子しか食べてないから何か栄養のあるものを食べたほうがいいだろう」

13、空腹を避けるため
→「今食べておかないとあとでお腹がすくだろう」

14、区切りとして
→「10時におやつを食べるともう少しで昼だということがわかり、
ランチを食べると、一日の半分が終わったことがわかるの」

15、ダイエットの前だから。ダイエットの後だから
→「今度こそは死んでも成功させるつもりよ。だから今夜は最後の晩餐なの。全部食べてしまおう」
→「一週間もまずいダイエット食を食べ続けたんだから、ちょっとくらい羽目を外しても構わないはず」

16、エクササイズの前だから。エクササイズの後だから
→「エクササイズの前は体力をつけておかなくちゃ。カロリーは消費されるから大丈夫」
→「エクササイズをやったから、私は食べる権利があるわ」

17、誰にも見られてないから
→「今は私一人、あれこれ批判されないで済むうちに何か食べなくちゃ」
→「友達との食事ではサラダしか食べなかった。みんな私が意思が強いと思っているから辛いわ。
早く家に帰って一人でとにかく何か食べたい」

18、無意識のだらだら喰いによって満足できるものを探すため
→「仕事からも人間関係からも満足が求められずに、気がつくと台所でそれを探しているの」

19、空腹痛を起さないため
→「子供の頃胃が空っぽだと穴が開く、と教えられたので
食べなかったら何か恐ろしいことが起こるような気がする」

20、もう大人だから、食べたいものは何でも食べられるため
→「大きくなったらパパとママが食べさせてくれなかったものを全部食べてやる!と思っていたの」

21、無意識に食べてしまうため
→「一口目は美味しい、二口目も結構美味しい。
その後は殆ど自動飲食マシーンになっていて結局最後には、
誰が私のポップコーンを食べたんだろう?と不思議な気がする」

22、退屈だから。
→「食べることが一日を埋めるために考え付くもっとも面白い活動だもの」

23、悩みがあるから
→「面倒な状況にいるとき、自分の気持ちをそのまま受け止められずに、
食べ物と一緒に押さえつけてしまうの」

24、創造力を発揮できるから
→「料理は私にとって自分を表現する方法のひとつ。
誰かがこれをたべなくちゃいけないのだから、私が食べてもいいの」

25、お祝いの日だから
→「誰だってお正月には食べ過ぎるものでしょ。飲んで食べて楽しくやらなきゃ」

26、エネルギー補給のため
→「一日の初めにはエネルギーが必要だ。
一日を乗り切るにもエネルギーが必要だし、夜だって疲れているから栄養を取らなくちゃ。
寝る前には何か食べて落ち着かなくちゃ寝付けない」

27、儀式的行為として
→「毎日三時にあの店のチョコレートを買ってこないと、騙し取られたような気がするの」

28、その時間がきたから
→「必要でも必要でなくても、食事時にはとにかくしっかり詰め込まなくちゃ」

29、恋のため
→「嫌いになったときや、嫌われたとき、食べ物が安らぎと平安を与えてくれるの。
もう恋が終わったのだから見かけがよくても悪くても関係ないわ」


身体が欲していないのに、
頭もしくは心の渇望を埋め合わせるために
猛烈に食べるという経験は私にはおなじみのものです。
私にとって一番多かった原因は「誰もみていないから」だったと思います。

「私が何かを欲しがっているなんてことを誰かに知られては大変だから、
だから人の見ていないうちにできるだけ
沢山自分のために確保しなければならない」

という気持ちは六歳の頃からありました。
何も欲しくなくても、ただ「誰にも見られていないから」という理由だけで、
とにかく口に入れても安全なものでありさえすれば全て飲み込みました。

その影にあったのは
「自分が本当はどんな人間かということが家族に知られてはとんでもないことになる」
という気持ちです。
常に相手がどんな人間を望んでいるかを察して
その通りに行動していなければ誰にも愛されないものだと思っていた、
その気持ちが私にたくさんの不必要なものを食べさせていました。


「食べ過ぎてしまう理由」他にも何かありますか?

・太りすぎの人が物を食べる理由は無数にある。
しかしその中で、肉体的な空腹と何らかの関係のあるものは非常に少ない。
・物を食べてる理由のうち、肉体的な空腹以外の全ての理由によって、あなたは太っているのである。

ここを読んでくださってる方が「太りすぎ」とは全然おもいませんけど
(「太りすぎ」って言葉が実際何を指しているのか私にはいまいちわかりません)
でも食べることに悩みを持っている方にとっては
「物を食べる理由のうち、肉体的な空腹以外の全ての理由によって、あなたは苦しんでいるのである」
というふうには言えるかもしれません。

しかしこの本は「肉体的空腹以外の理由で食べてはいけない」という論ではありません。
ただあなたは今まで知識と選択肢がなかったために
食べること「しか」できなかったけれど
これからは選択肢をもっていこう、という主張です。
次回に続きます

ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

協力票100票集まったら復刊できるかもしれない復刊ドットコム
「みんな、やせることに失敗している」復刊リクエスト投票ページ

みんな、やせることに失敗している
みんな、やせることに失敗している

悲しくも絶版になってしまった摂食障害に関する名著復刊リクエスト中です。
↓「みんな、やせることに失敗している」関連記事
1 パターンを変えてみる
2 やせたらしたいことリスト
3 過食症からの回復
4 体重セットポイント説
復刊リクエスト

協力票100票集まったら復刊できるかもしれない復刊ドットコムでただいま復刊リクエスト中です。

現在11票でした。
ご協力くださった皆さん心からありがとうございます。

なんとなんとなんと
嬉しいことに本と私と月のあとさき
のyuiさんがブログ上で協力を呼びかけてくださったいます。
感激です。
(それ以外の記事も、非常に感性するどく、知識も広く文章もうまい方なので、ぜひ。)

会員登録と簡単なコメント記入が必要ですが
協力しても良い、とおっしゃってくださる方、どうぞよろしくお願いします。

2007年05月26日

なぜ時として人はスリム体質になるよりも
食べすぎと太りすぎを選ぶのか、ということに関する
こんな興味深い説明があります。

食べ物は、人との関わりの殆ど全てに織り込まれていて、
私たちは愛していることを伝えるために食べ物を使うのです。
親は子供への愛情を示すために食事を作り、
子供は親への愛情を示すためにそれを食べます。

少し長くなりますが、ジャネットという女性の例を引用します

**以下引用文**

私が太り始めたのは13歳の頃です。
その当時、母(数年前に離婚していました)は失業中で、
姉たちが家計を支えていました。
母は自分自身をどうしようもない役立たずなんだと思っている、
自分に自信を持てる何かをしないではいられないんだ、
私にはそんな気がしていました。

母と私はその年、一種の儀式みたいなことをはじめました。
私が学校から帰ると母はもう夕食を並べていて、私に食べるように言います。
そのあと姉たちが仕事から帰ってくると、また食べるように言うのでした。
 
それが母にとってどんなに重要かがなんとなく分かったので、
私は毎晩夕食を二回食べるようになりました。
私は母のお気に入りではありませんでした。
だからいつも、母から褒めてもらえる方法を探していたのです。
食べることにかけては(食べ過ぎに対してさえ)
必ず母から褒められたので、私は夕食を二回食べ続け、
その結果太ってしまったのです。

私は食べるという行為を求めていませんでしたが、母は求めていました。
もし私自身が求めていたことを実際にしたら、母は不満だったでしょう。
そして私は、母を裏切ったような気持ちになっただろうと思います。
この二つの感情はその当時の私にはとても恐ろしいものでした。

今になって分かるのは、
私が母を相手に、勝つ見込みのないゲームをしていたことです。
自分が本当に望むことをしていなかったので、
私は気持ちが満たされていませんでした。
もちろん、役に立つ人間だと感じたい母の欲求を、
本当の意味で満たしてあげることもできませんでした。

母は職が見つからないことで、相変わらず腐っていました。

母はやがて職を得て、私たちは一晩にニ度の夕食という儀式をやめました。
でもその時点で私はもう太りすぎていたのです。

今ならよく分かります。
私たちのゲームは、相手を愛したい、相手から愛されたいという
二人の必死な気持ちから生まれたことを。

これを知って、私は自分自身と母の両方を許すことができました。
そして再び人生をうまくやっていけるようになったのです。

**引用ここまで**

これは非常によく分かるし、とても辛い話だな、と
私は思います。
13歳の少女が、食べる過ぎることによって、
ばらばらになりそうな家庭をやっと支えているというのは、
とても悲しい話ですが、
きっとありふれた話なんだろうという気もします。

関係が終わっているということから目を逸らすために食べた沢山のもの、
敵意がないことを示すためだけに食べた沢山のもの、
「あなたがくれるものであれば何でも喜びます」ということを信じ込ませるためだけに食べた沢山のもの、
「私はあなたに従順です」ということを知らせるために食べたたくさんのもの、
「私には意志がない」ということを主張するために食べたたくさんのもの、

そういう物凄く沢山の食べ物を
私は自分の過去の中に思い出すことができます。

<新装版>ダイエットしないで痩せる方法
<新装版>ダイエットしないで痩せる方法

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

<新装版>ダイエットしないで痩せる方法
<新装版>ダイエットしないで痩せる方法

この本はどういう流れかという、内容をざっと解説します。

まず、ダイエットは減量またはそれを長期的に維持する効果が無い
ということがまず明らかにされます
なぜダイエットは効かないのか、を明らかにするために
ダイエット依存心理についての解説です


1、新陳代謝が低下する
→ダイエットを頻繁に行いすぎて体が実質的に飢餓寸前になると体重を減らせなくなります

2、制約感に苦しむ
→人は何かを取り上げられるとそれに執着するようになります。

3、失敗の悪循環に陥る
→自尊心がボロボロになる、自分を信頼しなくなる、自分を責める。
何を考えても自分の肥満に結びつけるようになる

4、スリムは素晴らしい、肥満は悪いと思う
→人生で一番大切なものはスリムな身体だとすら考える

等等・・・


ダイエット依存症から決別するために以下のことを明らかにしていきます

「食べすぎてしまう理由」
→食べ過ぎる人がものを食べる理由は無数にありますが、
肉体的な空腹と何らかの関係があるものは非常にすくないことがわかります。

「痩せたい理由」
→今スリム体質でないならばそれらの中で効果のあるものはゼロだということです

「やせないための理由」
→今スリム体質でないならば、それらの理由は全て効果があったということです

つまりもし今本当に痩せたとしても、今までと同じことをしている限り体重はまた元に戻るということです。
自分のしていることに気がつくのが第一のステップです


そして、ダイエットなんて一度も気にしたことがないのに常にやせている人
「スリム体質」の人を研究し、その人のしている通りに暮らせば
自分も「スリム体質」になり、リバウンドもない、とされます。

「スリム体質」の秘訣
1、空腹なときだけ物を食べる。
2、自分が食べたい物を食べる。
3、口に入れた食べ物のひと口ひと口を味わって食べる
4、空腹でなくなったら食べるのをやめる
さらにスリム体質の人は何を考え、何をするのか、ということを明らかにします

これらを実行すれば「スリム体質」になれるということは明らかです。
その上で自分がどうなりたいのか、ということを考えて以下の中から選択をします
1、太っていて不幸せ
2、スリムで不幸せ
3、太っていて幸せ
4、スリム体質で幸せ

それぞれのあり方をよく考えて検討し、自分がどうなりたいのかを決めます。
決めたらそれ以外の選択肢は捨て、目標に向かっていきます。
古い習慣を捨てるにはおよそ四週間
新しい習慣を確立するのにもう四週間、
それが無意識に行われるようになるにはさらに四週間かかります。
自分自身の方法とペースを決めます。

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

2007年05月25日

ダイエットしないで痩せる方法
ダイエットしないで痩せる方法

昨日フライングで少しご紹介しました「痩せたい理由リスト」の出典はこちらの本からでした。

もとのタイトルは”DIETS DON'T WORK”
英語って時々分かりやすくて感動しますね。
ダイエットはうまくいかないそうです^^

<新装版>ダイエットしないで痩せる方法
<新装版>ダイエットしないで痩せる方法
←新装版まで出てる。

「やせたい理由リスト」を含めて凄く面白いことが書いてあるんです。
根本にあるものはジェニーン・ロスの「食べ過ぎることの意味」に非常によく似ています。
ただ深みと、文章そのものの質の良さにおいては
断然「食べ過ぎることの意味」の方が良書ではないかとは思います。

この本の文章って一昔前にはやった「買ってはいけない」をちょっと髣髴とさせます。
面白いことも結構書いてあるのにやたらと文章をセンセーショナルに飾り立ててしまったから
「読み通すのが面倒くさい」というところがあるかな、と。
でも書いてあることはいいんですよ。

だから好みはあると思うのですが「読む本」としては
やはり私は「食べ過ぎることの意味」の方を推奨します。

しかしながらこの本の特徴はですね、
「読む本」ではなく「書きこむ本」なんです。
章ごとに練習問題風のワークがついていて、
実際に自分で考えて書き込んでいくんです。

私はこのサイトをするにあたって
一度食べ物と自分の関係を客観的に見直すことが必要だなあ、と思っていたので
食べ物に関するセルフカウンセリングというようなイメージでそれぞれの問いを埋めてみました。
結構、出てきますね。
読んでみるのと、頭で考えてみるのと、手で書いてみるのと
それぞれ意味が全く違います。
いろいろと、「気づきたくない諸々」と直面しております(笑)

なので、食生活に関して一度カウンセリングを受けてみたい、というような希望のある方、
最初から「読むつもり」ではなく「書くつもり」で手に取る方、
自分の「見たくない面と直面しよう」と決めた人にとってこそ、
この本はとても役にたつと思います。

洗いざらい自分の秘密を書いて、本棚に並べずに引き出しにしまっておいて
必要がなくなったら誰にも見つからないようにこっそり捨てるつもりで買うべき本ですね。

読み物として面白い部分についてはまた少しずつつまみ食い式に紹介していきます。

↓ダイエットしないで痩せる方法記事一覧
コラム 痩せたい理由リスト
1 紹介
2 概要
3 食べ物は人を幸せにする
4 食べ過ぎる理由リスト
5 スリム体質研究
6、太っていて幸せ
7、悩むのをやめたとき
8、決断

「やせ願望」の精神病理紹介の最終回
「第六章 「やせ願望」とジェンダー」「第七章「やせ願望」を超えて」の紹介です

○「やせ願望」とジェンダー

なぜ「やせ願望」は主に女性ものなのでしょうか

ひとつには男性よりも女性の方が外見によって評価されるということがあります。
その根本的な理由のひとつとして、
男性は自らが社会の中での地位を持っているのに対して、
女性は男性との関わりを通して初めて社会の中で位置づけられてきたという歴史があります。

「相手に選ばれるか」「相手に喜ばれるか」
という評価基準の中で暮らしてきた「選ばれる性」として女性は
「自己志向」よりも「協調性」を求められてきたのだと思います。
「自己志向」が低く「協調」が高いというのは、まさに摂食障害の典型的なパターンです。

摂食障害の患者さんでは母親がジェンダーの被害者ということもよくあります。
「子育てのために自分の人生を諦めた」女性によって過干渉に育てられ自己志向が低下するケースや、
夫婦仲が悪いけれども仕事を持っていないために離婚ができない母親のもとで、
母親に同情しつつ、母親を軽蔑して育ち、
「母親のように男性に依存した存在になりたくない、自分自身のキャリアを持ちたい」と思う一方で
「母親のように男性に捨てられたくない、愛され続ける女性でいたい」と思い、
「仕事も外見も」という思いが自分の限界を超えてしまう例もあります。

このように「やせ願望」とジェンダーについての関係について考察すると、
女性であるが故に「自己志向」を育てることを良しとされずに、
他人の価値観に振り回されるようになってしまった。
女性であるがゆえに、ライフスタイルを歪められ、身近な人との対人関係も歪められ、自己志向を高められずにストレスを膨らませてしまった。
そんな結果が摂食障害として表れているのではないかと思います。

○「やせ願望」を超えて

自己志向が低いと周囲の価値観に振り回されやすくなり、
周囲が望む「外見」になろうと、画一的な「やせ願望」に流されやすくなるのだと言えます。
自己志向を高めれば「やせ願望」から脱することができるだろうというのは
ひとつの真実だと思います。
でもそれと同時に「外見」が自己志向を育てるという側面もあります。
私たちは日々「外見」を通して人と接しているわけですから、
「外見」のありようが自己志向に影響を与えないわけがありません。

「やせることさえできれば自分に自信がつくと思う」
「自分に自信さえあればこれほどやせたがらないと思う」
というニワトリタマゴの状態に私たちは陥っていますが
実際にやせてみても、それほど自信が高まるわけではありません。

どのようにすれば「外見」を通して自己志向が高められるのか、
が摂食障害を考えるうえで一つのポイントになります。

そもそも人には持って生まれた体質や体型があります。
「性格」と同じように後天的にそれほど大きく変えられるものではありません。
自分の体型を受け入れることが自己志向を高める第一歩です。
「もっとやせられるはず」と思えば思うほど自己志向が低下していきます。

「今の生活とは180度違う人生があるのではないか」
「今の生活に甘んじていてはいけないのではないか」と思うことは
特に自己志向の低い人にとっては、今の自分を受け入れがたいものにしてしまいます。

人間はそれほど変われないものです。
変化は必ず今までの人生の延長線上にあるのです。
一本のつながった線の上を試行錯誤しながら自分を振り返りながら少しずつ進んでいく、
それが自己志向を高める生き方なのではないかと思います。
「やせさえすれば全て解決する」のではなく、
過食嘔吐に苦しみながら、自分の弱点やストレスを知り、
ストレス解決のための改な試みを少しずつ繰り返しながら自己志向を高めていく、
それだけが解決法なのだと思います。

私たちは自己志向を高める生き方をすると同時に、勇気を持って他人と異なる自分を認め、自分と異なる他人を認めなければならないのだと思います。
そうしていくことで、自分の価値観もさらにしっかりしますし、自己志向も高まります。
相手に対してももっと優しい気持ちになることができるでしょう。
多様な価値観が認められる社会が実現すれば「女性はやせているほうが美しい」という単一の価値観からも解放されます。
それぞれの体型があって良いではないか、という当たり前のことが受け入れられるようになるでしょう。 またそのような社会では、多様な生き方が認められますから、ジェンダーの呪縛から病気を引き起こすこともなくなるでしょう。お互いの違いをふまえた上での豊かなコミュニケーションを持つことができれば、ストレスをためこんで病気になることもなくなると思います。
 社会全体が「やせ願望」に冒されてきている今、摂食障害という病は、私たちにさまざまなメッセージを発しています。
私たちは「やせ願望」を乗り越えることができるのか。
「やせ願望」の向かう先は絶望なのか、あるいは多様な価値観を認め合える豊かな社会なのか。それは私たちが摂食障害という病からどれだけのものを学べるかにかかっている、と言えるのではないでしょうか。


「やせ願望」の精神病理―摂食障害からのメッセージ
「やせ願望」の精神病理―摂食障害からのメッセージ

「やせ願望」の精神病理 関連記事一覧
 1 紹介
 2 なぜ女性はやせたがるのか
 3 破綻したやせ願望
 4 摂食障害の治し方
 5 対人関係療法
 6 コミュニケーション分析の実際
 7 回復へのプロセス
 8「やせ願望」とジェンダー
復刊リクエスト

2007年05月24日

ダイエットは絶対にうまく行かない、と言われても
ガリガリのモデルの流行はダイエット産業の陰謀だと言われても、
痩せたい気持ちへの囚われをなくさなければ摂食障害は治らないと言われても、

「それでもどうしても痩せたい」

という気持ちは、きっと私たちには凄く大切な何かだと思います。
痩せたい、という気持ちはきっと凄く手放しがたい価値のある大切なものに違いなくて
でも私が思うに、そういう気持ちっていうのは
もっとしっかりちゃんと言葉で捉えられた方がいいのじゃないだろうか
「多少のダイエットなら普通の女の子はするよねえ」
という言葉で終わらせてしまう前に
「痩せたい」という言葉の中に入ってる大切なものってなんだろう
っていうことはもっと考えた方がいいんじゃないか
・・・と思っていた矢先、ある本で痩せたい理由リストを見つけてしまいました。

この本はあとでまとめてちゃんと紹介したいと思っているものなのですが
「痩せたい理由リスト」というものが非常に面白いような気がしたので
先に紹介してしまいます。