HOME摂食障害と一緒に生きる>ダイエットをやめるということ


他サイト掲示板で「ダイエットをやめたらヤセちゃった」
という話題が出てるのを教えてもらいました。

ちょっと興味深かったので、ご紹介したいのですが
リンクはってもログが流れそうなので、引用してしまいます。
(2ちゃんねる掲示板/スレッドタイトル「ダイエット やめ たら 痩せ ちゃっ た」
掲示板に独特の言語表現のされている部分のみ、
文意を損なわない範囲で、言い回しを変更させてもらいました。)

以下の引用はダイエットをやめることで痩せた人と
それについての情報を求める人との対話の部分です。

「まさにやめたら目標体重まであっさり落ちた ダイエットで食べちゃだめってされると余計食べたくなる不思議な心理 」



「ダイエットやめるってどういうこと? 食への執着が消えない・・・ 」


「飽きるまで食べ続けてみたら?私はそう決めた途端に食への執着が薄れて痩せた。 極端な食事制限→ドカ食いの繰り返しで2年で15kg太ったけど、3ヶ月で戻ってさらに痩せた。 その代わり、どうしても飲みたい・食べたいものは何であろうが我慢しないよ。 運動(有酸素と筋トレ)も一生続くぐらいのペースで楽しんでやってるけどね。 」


「飽きるまで食べ続けるということは毎日・・・? 太るのが怖い・・・。何でそういうこと出来たの? 」


「友人の「明日死ぬなら、美味しいもの食べてデブデブで死んだほうがマシ」という一言がきっかけだったなあ。 明日死ぬ(と仮定する)→美味しいもの食べたい→どうせなら自分が本当に食べたい美味しいものを食べよう、に変換された。 そう思うと安物のお菓子やジャンクフードじゃなくてデパ地下の高級惣菜なんかを食べるようになって、ウマーイと満足するから量も適度でOKに。 実際、安物を飽きるまで食べるもやったけど数日で飽きたよ。何やってんだ自分、て苦笑いだった。 」

面白かったのは
「目の前にあるこれを食べるか食べないか」とか
「ダイエットをやめるかやめないか」
とか言うところで完結している話ではなくて、
表現こそ軽い感じで書かれてはいるもののの、
「どう生きるか」というところまで話が深められていますよね。
「明日死ぬとしたら、今日はどう生きるだろうか」という
かなり必死の問いから出発してダイエットという荷物をおろすに至った感じがします。

今のこの社会で生きていて「2年で15kg」太ると
本人の希望によらず否応なく向き合わされるものって相当に大きいですよね。

これ、私もわかるんですけども
そういう時のまず最初の反応が「否定すること」であって
「こんなの本当の私じゃない。今より15キロ細いのが本当の私」
と思い込んで、自分にとっての現在を丸まる無視して(「だってこんなの私じゃないもん!」)
ダイエットを自分の生活の最優先事項に組み込み
そうして現在の自分は
「食べる権利がないし」「束縛されている」という思いを深めていくんですよね。

「15キロ少ない未来の私」だけが全ての権利を持っている
と思って「現在の身体」から全てを取り上げること
何か起こるといつでも「15キロ少ない未来の私」像の中に安全な避難場所を求めること

この体験談の人も
「生き生きと今を生きたい」という思いと
「こんなの本当の私じゃない」という思いの、葛藤って
相当大きかったのじゃないかな、って思うんです。
だからこそ、出てきた問いが「明日死ぬとしたら、今日はどう生きるだろうか」であって
現在の自分を認めることの結果としてついてきたのが
「ダイエットやめたらヤセちゃった」ということだったんじゃないか、って思うんですよね。

普段なかなか近寄らない掲示板ですが
書いてある体験談が非常に面白かったため
ご紹介まで。

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コメント

「生き生きと今を生きたい」という思いと
「こんなの本当の私じゃない」という思いの、葛藤って
相当大きかったのじゃないかな、って思うんです。


私にとってはすごく大きいです。
いつまでも過去を過去にできないのが私の悩みの1つなのかもしれません。
自分では太っていること自体が悩みと思っているんですけどね・・
そういう風に考えてしまう、っていうのも悩みのうちなのでしょうか^^;

やめようやめようって思うほど、
そのことへの執着って大きくなっていってしまうのですよね。
私は実際、健康志向に目覚めてから
ケーキや和菓子、から揚げ、フレンチなんかに
かえって美味しさを感じるようになってしまいました。

もともとは凝った味が嫌い、シューマイやハンバーグも
タレ・ソースをつけないほうが好き。
和菓子もケーキもどちらかというと苦手だったはずなのに。

なんなんだろう?って思います。
女性がスウィーツやフレンチ好きだったりするのって、
ダイエット・美容思考の裏返しなのかなーって思います。

なんかちょっとテーマからはずれてるかもしれませんが・・・。

明季さん
でも太っていることに付随して起こる色々、が悩みなのではなくて
太っていること自体が悩みなのであれば
悩むことを止めてしまえばそれで全部解決するわけですから
ある意味、もっとも解決が簡単な悩みでもありますよね。

その悩むのを辞めるが難しいのぉっ!というのも事実でしょうが・・・。

色々な生き方や人間関係に関する悩みを
「太っているから」というところに持ってきてしまっている、
ということであれば、やっぱりそっちのほうが解決に痛みが伴うと思うんですよね。

もし一念発起で太っていることを悩むのをやめることができて
それだけで今の生活から大きな悩みが消えるのであれば
それは一念発起する甲斐があるかもしれない
というような気もするんです。

・・・うん、でもやっぱり難しいね。
それもわかる。

moomiさん
いえいえ、ずれてないと思います。
多分そういうことですよね。

剥奪感から欲しくなる、というのもあるでしょうし、
ダイエットなどによって、単純にそういう濃厚な味のものが不足してしまう、
というのもあるでしょうし。

健康な食卓の理想、も不思議なんですけども
「砂糖」「脂」「塩分」と
普通に「人間にとって美味しいもの」が全部悪いイメージにされましたね。
現代人のジャンクフード好きも、ひょっとしたら健康志向の裏返しかもしれないですよね。

>色々な生き方や人間関係に関する悩みを
「太っているから」というところに持ってきてしまっている、
ということであれば、やっぱりそっちのほうが解決に痛みが伴うと思うんですよね。

完全にこれですね^^;
やっぱり体ではなく精神を鍛えないとダメなんですかね。

鍛える、というより、分けた方が問題が解決しやすいような気はしますよね。
「人間関係の悩み」と「太っているという悩み」をいっぺんに悩むと
どっちも解決できなくなるから。
解決できるものとできないものに分けて個別に取り組んだら
悩みのうちのいくつかは
意外と解決できるものもあるかもしれないって思うのだけど・・・。

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