HOME摂食障害と一緒に生きる>幸せと摂食障害について

「自分の身体が受け入れらない」ということと
「社会における自分のアイディンティティの不確かさ」について
記事を書いたときに
(参考記事:自分の身体を受け入れられないとき 2 「ハングリーセルフ」
同意の意見と、自分には当てはまらない、という意見
両方頂いたことから
ちょっと考えていて気づいたことがあるのだけれど

ひとつには私のようなタイプ、
つまりある程度はっきりした内的な葛藤、というのがあって
摂食障害を「なるべくしてなった」と考えている人々のほかに

そういう解釈はぴんとこない、という人が確実に居て
そういった人々が強く主張するのは、例えば
高学歴高収入で社会的ポジションが安定していてアイディンティティの問題はないし
家庭において信頼できる人間関係を築いていて
今までの人生で一番幸せな生活を送っているんだけど
(全部にいっぺんに当てはまるかどうかは別として、「万事順調」と感じている、ということ)
「でもなぜ私が摂食障害なの?」
という問い、であるということ

私は意見を聞かせてもらっていて
「こんなに幸せで、本当に摂食障害になる原因は何もない」と
説得されているような気になることもあるんですね
それくらい「摂食障害」でありながら「幸せ」でもある
ということに違和感を感じてるということだと思うんですが。


私がちらっと考えたのは
「こんなに幸せで、本当に摂食障害になる原因は何もない」
という、
つまり幸せであれば摂食障害になるはずはないという思い込みそのものが
摂食障害を支える原因のひとつになっているのではないか
というようなことを少し考え始めたのだけど


ただ、あの、私はあんまりそういう立場になったことがない、というか
職業上重要な地位にいたこともないし
安定した家庭生活を築いた、という経験もないし
たいして高収入を得ていたこともないし
社会的に華々しい何かを成し遂げたこともないし、
ようするに「こんなに幸せです」というふうに並べてもらった条件のうちの
殆ど全てが私には全く未知のものであるために
私の想像力がどこまで働くのか、というのがちょっとおぼつかないんですね。


それで、もし
「今私は幸せで摂食障害になる原因はないのだけども、でもなぜ私は摂食障害なの?」
という疑問を持っている方がいらっしゃいましたら
ちょっと詳しくお話聞かせていただけないでしょうか。

答えでなくっていいんです。
ただその問いかけ「なぜ私が?」という問いそのものについて詳しくお伺いしてみたいです。

よかったらお願いいたします。
メールやコメントお待ちしております。

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コメント

ノラ様。

記事を読ませていただきました。
えーと、おそらく、私が書き込んだことにも関連して記事を書いてくださったのだろうと勝手に思っているんですけど、ちょっと誤解なされているかなと思うところもありまして、釈明(?)させていただけたら、と思います。長くなるかもしれませんが、宜しくおつきあいください。

私は、現在はおっしゃるとおり、仕事も安定しており、幸せと言える夫婦関係をやっとこさ築き上げてこれたところにきて、それなりに「幸せだなあ」「それなりに幸せなのに、現状において様々な問題は解決してきたような気がするのに、どうしてまだ摂食障害やっているんだろう」と思ったりしているわけですが、それは、これまで何も葛藤がなかったかというと、それはもう全くの逆で、今日に至るまでの人生、それはもう地獄と呼べるほどのものだったんですよ。
原家族の中での自分の存在価値の否定やさまざまな傷、母との関係性もこれ以上ないっていうくらい、ひどくこじれ、もう物心つく頃から、死にたいと思わない日はなかったくらいです。
13歳で摂食障害になったのですが、それ以降も家族の中での戦い、病気との闘い、あらゆる治療とその効果のなさに対する絶望感、そうした中で、何で生きなくちゃいけないのだろう?という問いをいつも抱きながら、取りあえず命があるから生きているという感じでした。摂食障害になった必然的な内的葛藤というのは、本当に自分で自覚していましたし、摂食障害がどれだけ自分が生き延びるための助けとなってくれているかということも、よく自覚していました。
そうした出口のない闇の中で、私の場合は、神を求め、洗礼を受けてクリスチャンになったのですが、だからといって、人生が楽になったという感覚はしばらくは与えられませんでした。けれども、何年もたって、これは本当に神様の贈り物だと思っているのですが、今の主人に出会って、はじめて、愛されるという感覚を、言葉や教義やそうしたものではなく、実感として感じることができる経験を与えられたんですよね。これはもう、原家族の愛に恵まれなかった私に対して特別に今の主人を与えてくださったのだと私は思っています。
はじめは、愛なんてものがどういうものか全くわからなくて、恐れと不信でいっぱいでしたが、年月をかけて、本当に恐ろしくゆっくりとゆっくりとしたペースで、「愛されている」という感覚を、体と心にしみこませていくことができています。

私の場合は、ですから、結婚してはじめて(それもまだ2年です)、やっと人生で幸せや安定というものを感じられるようになっただけで、それ以前はそれはもう悲惨な生活でした。
結婚がまるごと幸せだったわけではなく、今日に至るまで、結婚した故に苦しんだことも本当にたくさんありましたが、そういうことを乗り越えて、一人の人と真っ向から向き合って関係を築いてきたということが、社会における自信にも何となく繋がったりしました。

そういう経過もあり、今は、人生で初めて、「それなりに幸せ。」と言ってもいい状態なのですが、摂食障害は相変わらずあります。(前とは随分気持ちも症状の出方も違っていますが。)
なので、今は、「もしかしたら、色々すでに癒されてきているのに、過食嘔吐という症状だけが一種の「癖」のように残ってしまっているだけなのだろうか?」と思って辛くなってしまうことも多いです。
主人にそのことを話すと、「いや、そうじゃなくて、まだもっと愛を受ける必要があるだけなんだよ。まだ心の中のコップがいっぱいになりきれていないんだよ。」と言ってくれますが、私としてはもう、本当にこんなに十分与えられているのに、私はひどくどん欲なのだろうかと心配になってしまったりします。

すみません、書いているうちに、支離滅裂になってしまいましたが、私は決して、内的な葛藤を感じなくて摂食障害になったとは思っておらず、ただ、そうしたことをひとつひとつ乗り越えてきて、恵みによって癒されてきているのに、症状だけがまだ残っていることに、ちょっと焦りと自分自身に対する疑問を抱いてしまうことがよくある、ということなのです。

asaさん
いえいえ、asaさんのこと、というふうに思ったわけではないんですし、
(考えるきっかけは頂きましたが)
現在幸せな人は過去に辛い経験などない、と思っているわけでもないんですよ
誤解しやすいところで記事にしてしまってどうもすみません。

私はここで頂くコメント、メール、掲示板でのご意見のほかに
結構色々な摂食障害の方の書くブログもみてますし
そういった、私が見聞した「生の声」の全てから考えたときに
「現在の生活は辛くてなんとかしなければならない」
というふうに考えいる人と
「今の生活はうまくいっていて、変えたいところはない」
というふうに考えている人
二通りの人がいるように見えるんですね

で「今幸せである」という人たち(本当に少なくないんですよ)
について私がちょっと不思議に思ったのが
「自分にとって摂食障害とはなんだろう」というような問いにはじまって
「自分が今いかに幸せであるか」という話で終わることが
往々にしてあるような気がしたんですね。
聞いている私の方からすると話の筋が飛躍しているように思えることが多かったんです

つまりおっしゃっていただいたように
「幸せなんだから、私が貪欲なんじゃないか」とか、そのほかには
「幸せなんだから、もう悩むのをやめます」とか
「幸せなんだけど、ただ太るのが嫌なだけです」とか
「自分にとって摂食障害とはなんだろう」という探求みたいなものが
「幸せなんだから」のところで、いつもふつっと終わるなあ、って
いう感じを漠然と抱いていて、

それで、本当にそういうことをリアルに感じていらっしゃる方の
ご意見をお伺いしてみたかったんですね。
特にasaさんのこと、というわけではありませんでした。
紛らわしくて、どうもすみません。

ノラ様。

こちらこそ、なんか自意識過剰でごめんなさい(>_ノラ様。

こちらこそ、なんか自意識過剰でごめんなさい(>_ 恥ずかしいですねえ。

幸せでも摂食障害であり続ける・・・そういう方が多くおられるのですね。
私も、なぜなのか、知りたいです。
私としては、自分なりに今幸せと感じられていても、
やはりまだそれは過去との比較であって、必要充分には満たされていない、
もしくは、まだ課題が残されているのではないかなと思います。

私が今意識にのぼっている課題を挙げさせていただきますと、

1、怒りや不安の表現がまだ成熟していない。
2、家事に対する深い役割葛藤がある。

この2点があり、今向き合っているところです。
ひとつ課題がクリアされると次の課題が浮上してきて、永遠続くのだろうかと思いますが、きっと何かがそろった段階で、摂食障害は自分の中で統合されていくんだろうなと思っていたりします。
あと、もっと愛に満たされることかな・・・あふれるくらいに。

とにかく、なんか、自意識過剰なレスしちゃって、本当にごめんなさい!

asaさん
「これは自分のことなんじゃないか」というくらい真剣に読んでいただけるのは
書いているほうとしては一番甲斐がありますよね。
でも、それで誰かを傷つけてしまうのではないかと思うとそれも辛いことでもあって
本当に読むのも書くのもなかなか大変なサイトです。
お付き合いいただいてありがとうございます。
先日Cafemmeさんにこのサイトを「泥試合」と言って褒めていただきました^^;
「・・・まさに」と思った私。

>1、怒りや不安の表現がまだ成熟していない。
>2、家事に対する深い役割葛藤がある。
>あと、もっと愛に満たされることかな・・・あふれるくらいに。

もし支障ないのであれば、
支障ない範囲で詳しく聞かせていただきたいなあ、と思うんですよね。
きっとasaさんお一人だけが思っていることではないんじゃないか、とか
思ったりするんですよ。
さすがにかなりプライベートな範囲なので、あくまでも支障なければ。

ノラ様。

ありがとうございます。実はかなり自分が恥ずかしくて、サイトを見に来ずらくなっていたのですが、そうおっしゃってくださってありがとうございました!

>1、怒りや不安の表現がまだ成熟していない。
>2、家事に対する深い役割葛藤がある。

この件に関しては、自分で図解にして、
旦那と話し合いをしているところでして、
その図解を見ていただければ、わかりやすいかと思ったのですが、
サイトに図はアップできませんよね?
あと、個人的に名前とか入っていたりするので、取りあえず、ノラさんのメールにこの図解を送らせていただきます。

非常に個人的な事柄だと思っているので、他の人の役には立たないのではないかと思っているのですが。。。

取りあえず、メールさせていただきますね。

asaさん

私もときどき恥かしくて来にくくなってます(管理人の癖に・・・)
時々、私だけ力みすぎて一人相撲とってるんですよね^^;
なんか、もう自分にとっても、ここに来てくださる人にとっても
もっともデリケートな部分の話を延々毎日してるわけだから
「そーゆーところで滑るのはしょうがないっ!!」
と思うことにしました。
恥はたぶん私こそが、かき放題であるゆえ
今後とも宜しくお願いいたしますm(__)m


メール頂きました、ありがとうございます。
非常に綺麗な資料もきちんと開くことができました。
(前回頂いたものはどうして開けなかったのでしょうか?)
のちほど確認させていただきますね。
どうもありがとうございます。

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