いつまでもデブと思うなよ レビュー2
レビュー1からの続きです。
「とにかく痩せてるといいことあるから痩せよう」という話が
本の半分ほど続いてから、
じゃあ、自分がやったレコーディング(記録する)ダイエットとは
こんなもの、という話に入っていきます。
食べたものを記録する、という、方法としては特に目新しくはないものです。
本屋さんに比較的よく置かれている摂食障害治療のマニュアル「過食症からの脱出―自分で治す実践ガイド 」などは、食べたものを記録することによって過食症を治そう、という試みなんですけど、
この手の方法は、私好きじゃないんですね。
食べることに強迫的になっている人が、自分が何を食べたか、ということばかりを
今以上に一日中気にしなければない方法をとる、ということ自体が、
そもそも続かないだろうし、続かない治療法って治療とはいえないし、
自分を「何を食べたか」に縛り付けておくことって
ほとんど自罰的なんじゃないか、と思って、発想として好きじゃないです。
が、この本で紹介されていることで面白かった箇所がいくつかあったんですね。
著者さん、もとは100キロを超えていた人なのですが
「食べたいものを我慢して生きるより、食べたいものを食べてグルメで幸せな人生を送りたい」
と思っていて、それまであまり気にしていなかった。
でも食生活を記録してみると、コンビニのサンドイッチと、柿の種とポテチとチョコレートと歌舞伎揚げとコーラで生きている、ということが明らかになってしまった
「太っているけど優雅でグルメな食生活」を送っている、という幻想がガラガラと崩れた、
と書いています。
これが、なかなか面白かったですね。
それから、「食べるものをメモ」している時に
「今口に入れているもの」をあやうく書き忘れそうになる、ということも書いています。
何かを食べながらメモを取っているのに、「今食べていること」に
ほぼ無自覚である、ということにも気づいたわけです。
それで、最初のうちは、
「記録をとるだけで、絶対に食べることを我慢しない」ということを勧めています。
最初のうちはこの自覚的になるということだけで痩せたのだそうで。
これが、ちょっと面白い気がしたのは、
私は「食べ物が持つ感情」というのに自覚的でいると、
色々と面白いことが分かる、と思っている人なんです。
例えば異常に甘いものが欲しいときは自分のうちにちゃんとその理由があるし、
例えば普段は欲しがらないような刺激の強い味覚を欲するときも、ちゃんとその理由があるし、
そういうのを自分のうちに読み取れるようになっていくのって
食べることと生きることのつながりを強くするよね、って思っていて
精神分析では見た夢を判断する、というジャンルがありますが、
私は食べ物からも同じくらい自分の心の深いところが判断できる、
というようなことを結構真面目に考えてます。
で、夢も記録することでどんどん深い夢を見るようになっていくようですが、
食べることも記録することで客観的になることによって
同じものを食べるのでももっと深く経験できる、
ということもあるかもしれないという気がしたんですね。
それで、
今までは「良し悪し」の価値判断が入ってしまいがちであるという理由で
食べ物をいちいち記録すること自体、反対派だったんですが
この本を見て、ちょっと食べ物記録、やってみようか、という気になりまして、
愛用のほぼ日手帳に書きこんでみました。
・・・半日で終わりました。
うん、面倒くさかった、というか、興味が持続しなかった、というか、
まあ、忘れたんです。半日で。
ある意味、凄く健康だな、と思いました。
今のところ、自分が実際に何を食べていようとも、
それに対する問題意識みたいなものを全く持っていないんだなあ、
というような感想により、「忘れた」ことの言い訳としたわけですが^^
まあ、食べるときは食べることだけを考えていて
食べ終わったら次にお腹がすくまで食べ物のことは忘れている、というのは
かなり健康的である気はします。
この本では、記録することによって自分の食生活をありのまま把握できたら、
今度は食品のカロリーも記録するようにし、
それから、一日のカロリー摂取量を決めて、その中に収めるような工夫をしていく、
という、まあ、普通のダイエット法へとシフトしていくわけです。
私は「食品カロリー」っていうのは趣味の悪い迷信だと思っているので
著者さん、非常に頑張ってはいますが、カロリー計算によって痩せたわけじゃないだろうなあ、
多分「食べることに自覚的になる」ということによって痩せたんだろうな、と思うわけです。
食欲を「頭だけが食べたがるもの」と「身体がたべたがるもの」の2つに分けたりしてますが、
このあたりの発想はジェニーンロスなど、アンチダイエット派に似てますよね。
カロリー計算は不要なつけたしだったんじゃないか、というのが正直な感想です。
そういったわけで、カロリー計算を筆頭に、色々と「?」と思われる部分も多いのですが
全体としては「普通のダイエット本と比べてもところどころ結構面白いことが書いてある」
という気がしました。
深夜営業のスーパーで菓子パンの棚の前に立ってメロンパンを見つめて涙を流した、とか
一般的にダイエット本では意図的に書かれてないけど、
「こんなの私だけだ」と思い込みながら実際はみんながやってることも書いてあったりします。
「食生活を変えるため」ではなくて
「自分が何を食べてるのかを知るため」に食べたものを記録をつける、という
このダイエット理論の前半の部分は、
食べたものを意識することに特に罪悪感などを持っていない人は
食べる経験を深めるために試してみると面白いのかもしれないなあ、
というふうに思いました。



コメント
この本、書店で手にとってパラパラと中を読んでみました。「あ、ノラさんが取り上げていた本だ~」と思いながら。
ちょっと前までの私だったら、まず間違えなく購入していました。でも今は…。あらゆる‘ダイエット’に関する本はもう一生分(?)買ったのでもういい!打ち止め!にしたのです。
買ってしまうと、その著者の言っていることと自分を比べたり、自分に腹を立ててしまったりして、そこでまたcomfort eatingが始まってしまうのです。
ならば、最初から読まなければいいや~ということで買わなくなったのでした。
食べたものを書き留める、ということですが、私はほぼ4年間、手帳に書き留め続けています。殆ど強迫観念的とも言えるかも(苦笑)
やせたいから書いているということは無いです(自覚している限り)だって、ものすごい量を食べているし。
ノラさんが半日で書くのを止めちゃった、というのは本当に健康的なことだと思います。
投稿者: じょせ | 2007年09月29日 16:55
お久しぶりです
>例えば異常に甘いものが欲しいときは自分のうちにちゃんとその理由があるし
この考え方が最近できるようになっていたんです
あ、甘いもの食べたいって思った時に
「あれ、なんか悩みあったかな」とか
「今日ごはん少なかったかな」と。
「なんで甘いものばっかり食べるの!!」と
以前なら思っていたところから考えると成長したなぁとか。
新しい方法を発見したと言うか。
「食べ物を記録する」
うーん・・・ ブログのネタに頂きます(笑
投稿者: みや | 2007年09月30日 21:57
じょせさん
そうそう。特に買う必要はないと思います、私も^^
どんなことでも四年間続ける、というのは凄いですね。
客観的には、そういうのって読むの、面白いですよね。
「うちの食卓の記録」みたいな本とかって、私は凄く好きです。
結局は、それが自分にとって辛くないかどうか、ってのが一番大切なことなんでしょうね
記録することそのものが、好きな人、というのもいらしゃいますし。
家計簿をつけるのが、全然億劫じゃない性質の人、とかね。
この著者さんも、人柄を見るに、何でもとことん細かくやることに「はまる」タイプの人だったんじゃないかなって感じがしました。
ところでcomfort eatingというのは、「慰めのための摂食」ということですか?
私の知らない言葉でした。
投稿者: ノラ | 2007年10月01日 23:36
みやさん
批判とか価値判断とかなしで、冷静に自分の食事を見ると
わかってくることっていっぱいあるよね。
「食べ物を記録する」
うん、私は性格的に向いていないらしい(笑)
投稿者: ノラ | 2007年10月01日 23:38
mixiでコミュに入ってるRyokoです。
読んでみました。それで、つけてみました。
三日目に風邪をひいてほとんど食べられなくなり、挫折しました(笑)
でも意識して食べ物を見つめ返すって、たしかにいいことだと思いました。
ノラさんの
>そういうのを自分のうちに読み取れるようになっていくのって
食べることと生きることのつながりを強くするよね、って思っていて
という意見には全く同意です。
投稿者: Ryoko | 2007年10月03日 10:49
この著者が岡田トシオさんだとしって興味がわきました。
あの方のお話は面白くて好きです。オタクなかたですよね。
ちょっとそういう方が書かれていることで気になります。
投稿者: yui-520 | 2007年10月03日 11:53
ノラさん
comfort eatingは私の中では「気晴らし喰い」と変換しております。自分を慰める為とも言えますね~。
投稿者: じょせ | 2007年10月05日 22:58
Ryokoさん
食べられなくなるほどの風邪、って大変じゃないですか!
快癒されましたでしょうか?
自分の心のうちで何が起こっているのかを知りたい時に注目するくらいで
ちょうどいいのかもしれないですよね。
一日中ずっと何を口にいれたか、ということに注意を向けている、
というのは、ほぼ無理だな、と、私は半日で思いました^^
過食症の時にまさに一日26時間くらい(←無理)ずっと食べ物のことばかり考えていたのは、
あの集中力というのは、本当に凄かった、と、やっぱり思います。
依存における集中力っていうのは、本当に凄い。
今さら改めてシミジミ。
投稿者: ノラ | 2007年10月08日 13:37
yuiさん
まさにオタクな方ですね。
食べたものを緻密に書き込んだり
カロリーを覚えたり、
カロリー計算をあれこれ工夫したり
そういう細かいことを「楽しんで(本当は結構辛かったんじゃないかとも思うけど)」
できるあたりは元の、緻密で理の勝った性格のなせる技なんだろうなあ、
と思って結構感心しました。
こういう感じの、男性が書いたダイエット本も珍しいですよね。
amazonを見たら、ベストセラーに入ってますねえ。
割と、面白かったです。
投稿者: ノラ | 2007年10月08日 13:41
じょせさん
おお、言われてみれば、「なるほど」です。
なぜか「コンパルシブ・イーテリング」と混ざって脳内変換されてしまうので
混乱してしまいました・・・。
おほほ、お恥かしい。
投稿者: ノラ | 2007年10月08日 13:43