HOME食べ物の思い出>インスタント・ラーメン

季節性うつ、なんて言葉もありますが
私も寒くなって日の短くなるこの時期は
基本的に気分が低めに推移する体質です。

今日あたりは実のところ目覚めていきなり動けなかったわけで、
本当に布団の中で悶々、という世界の住民で
具体的な欲求として、かなりお腹が空いていたんですが
何を想像してみてもどうしても食べたくなかったわけですね

お腹が空いてるんだけど
したいことは、食べることじゃなくて、ですね
正直なところ、誰かに連絡して
「ご飯食べられないの、やばいやばい、どうしよう、ギャー」
というようなことをひとしきり言いたくて仕方なかったわけです

いや、それにしても少々大がかりな欲求だよな
としばし考えていて思いついたのが
要するに、「食べたくない」わけではなくて
「作るなり、食べに行くなりをしたくない」ということだったんですね。
本当のところ、というのは
離乳食みたいないもの(おかゆが食べたかったんですけどね)を
誰かに作ってもらって
「さあ、どうぞ」というか、
なんなら「さあいい子ですね、ご飯食べましょうね、アバババ」
くらいの勢いであやしてもらいたかったんです
つまり私の状態というのは「食べられない」わけではなくて
「自分でなんて食べたくないモン、ふん」という
軽いハンスト状態だったようで。
実際人ってそういう時、あるんじゃないかな、と思うんです。

で、現実的に私の周辺には現在そういうことを交渉して頼める人、というのもいない状態で
つまり「機嫌とられて離乳食与えられたい気分」だけど
「現実的にはそれは無理」という状態を
さて、なんとして切り抜けようか、っていうのがとりあえずの課題

実は一日半くらいモノを食べてなくて
思考が悲観的になっていたのと肉体的に動くのがだるくなっていた、
というのがあったので
さしあたり最低限の努力ですむもので何か食べて身体を温めて気分をちょっと上げて、
それから「離乳食的欲求」については改めて考えよう
という結論に至りまして、
買い置きのラーメンを三分くらいで煮て食べました

あれは、ラーメン、ってのはかなり散文的な食べ物で
ハフハフズルズルやってるうちに
空腹による悲観的な思考の傾きというのは
わりと訂正されてしまったりしますね

食べ終わったときはかなり「いつも」に近いくらいになっていまして
「離乳食的欲求」そのものについてはラーメンの湯気の向こうに見えなくなっただけで
本質的にはまだあると思うんですが
「今すぐ」じゃないと「もう無理」という緊迫感まではすでにないわけです

「離乳食的欲求」があるけども「現実的にはそれは無理」というのは
おそらく春になって自然に気分が上がってくるまで
しばし付き合うジレンマになるでしょうから
そのあたりはまあケース・バイ・ケースでなんとか対応していこう、
ということで要注意の付箋を貼って脳内の「未処理」ファイルあたりに放り込んで置くとしました

栄養学的に、というか倫理学的にというのか、
「一日モノを食べないでいきなりインスタントラーメンとは何という食生活か」
と、叱られるのは簡単そうですが
私は非常にうまい具合に身体と想像力の両方に食事を与えたな、と
まあ、なんだか逆に満足までしてしまったわけで

ラーメンひとつでかなり思考が整理されたのが見事だったので
どういう気分の時であれ
やっぱり食べることは結構面白いではないか、ということは
まあ、思うわけですよね。

※そんなわけで、本当、いつもですけど、
コメントレスのタイミングにムラがあってごめんなさい※

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コメント

>要するに、「食べたくない」わけではなくて
「作るなり、食べに行くなりをしたくない」ということだったんですね。

全く同じです。私の場合は、「作らなくてはならない、用意しなくてはならない状況」に押されて、
何とかなったりならなかったりって状況です。
で、ラーメンに救われたりもしてます。
お湯を沸かしてる間になんとなくもやしも入れようとかしてだんだん自己満足して嬉しくなったり。

今日は天気はいいんですけど、落ちてます(笑)

ryokoさん
ズルズル、ハフハフ系の食べ物は悲観主義に似合わなくて
なんか、なし崩しに精神回復しちゃうところありますよね(笑)

私はちゃんとおかゆが炊けるくらいまで回復してきたので、
ぼちぼち、食べられなかった期間のゆり戻しとか来てます。
まったく、うまくできてるもんだ^^

ご家族いらっしゃると、「しなくてはならない」をどのあたりに設定するか
難しいことだと思いますが、
「ちょっとワガママ」あたりで、うまいこと行きますように
祈願いたします^^

3分煮てラーメン作られたわけですね。私的に、食べたくなくて、気力落ちして、体もだるくて、胃にもたれるものはなお食べたくないときにはカップラです。

昔の職場で、そんなジャンクフードはよくないわという思いが込められてか、お昼にカップラーメンを食べていると、今日はカップラとか揶揄されてました。

カップラすらおいしいと感じるときに、以前テレビで、食べられない子がいる国で、この食べ物は飢えをすくった。とかいうくくりがあったけど、寂しさや孤独からの食生活の隔たりは豊かなはずのこの国にいてなお私には、難しい問題です。これいうとこの苦しみがわからない人は、何かいいたいことでしょう。

と電話がかかってきて実際きてくれる人がいたらセルフへルプだよね。

実際は、まだここにたどりついて2回目の私には言われたほうも戸惑うだろうって気もするし。

摂食の人は繊細だから、世話焼きおばさんみたいな包み込む感じ人に差し出しにくいよね。

言い訳。過去に見たそのタイプは
絶対に摂食にはならないだろう
感じのお人ばかりでした。

先ほどの題名は

具合が悪いんなら私が行こうか

でした

nikonikoosinnさん
ありがとうございます
私は自分でおかゆ炊けるくらいまで回復いたしました。
おかげさまで^^。

食事というのが、身体と想像力の両方に対して必要なものであることを考えると、
「栄養素」だけが豊富にあることを基準として
「食生活が豊か」という言い方はできないですよね。

私愛用のほぼ日手帳の中の文章のひとつですが
「何か食べると気持ちが解放されるんですね。
リラックスしますしね。
まずは環境を整えるということですね、
そういうことがほんとうはいちばんだいじなのに・・・
何か、そういうことがおろそかにされていると思うわけです」
という大貫妙子さんの言葉がありまして。
「うん、そうだね」というふうに思いますね。

カップラーメンも自分を労わるために食べるのであれば
たぶん的を射た栄養、なのですよね。

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