HOME過食症体験記>食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語3

食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語1
食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語2

より続いています。

まだ、思いついたように食べたり吐いたりすることはあります。
うつ病も治っていません。
0.4人ぶんくらいしか働いていません。
家事はほとんど放棄しています。
民間療法に従ってストイックに生活していたらよかったのかな、と、ときどき思います。
ただ、よくよく考えると、あのストイックな生活は、わたしが最も重症だった10代半ば、制限型の拒食症として実践していた生活と、ほとんど変わらないのでした。
あのころもジャンクフードなんて口にせず、身体によいと信じられるものだけ食べて、毎日ランニングして、勉強も学校でいちばんになるほどがんばって、これで、これで誰からも責められないはずだと肩で息をして、確かに誰もわたしを責めなくて、でもすごく不幸でした。
民間療法に従ってストイックな生活を実践していたのは、わたしがもともとそうしたかったから、なのでしょう。
民間療法から離れようと、しんどさを訴えたとき、「あなたが言わせている面がある」と、カウンセラーは言いました。
それは当たっています。

そうしてあんまり人に自慢できない生活になって、食べ物は食べ物でしかなくなりました。
189円なら189円の価値のものでしかなくなりました。
生活自体は堕落したかもしれないけれど、お腹が空いたら何か食べて、お腹がいっぱいになったら食べるのをやめる、そんな自然な食生活を手に入れました。
食事制限は解除しましたけれど、玄米だけは炊き続けています。
体重は、BMI23.5あたりで落ち着いています。
薬を飲み始める前と比べて+2kgくらいでしょうか。
すべてハッピーエンド、というわけに行かないのがつらいところですけれど、まあ、事実なので仕方がありません。
そう、痩せたからといってすべてがうまくいくわけでもなく、痩せた身体の冷凍保存もできないのです。

食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語、でした。

--お話は、ここまで。以下は私ノラの文章です。--

年の瀬迫った混雑する街で
珈琲ショップを次々とはしごしながら話をしてくれました。
よくぞ付き合ってくれたと思いますが
お尻痛くなるほど座り続けました、本当に(笑)

私が感動したのは、食べ物というのは、
「近くのスーパーで24時間調達可能で、そのためのお金くらいはじゅうぶん出せる」
ものである、というヒラメキです。
余ったら捨てたらいいんだ、欲しくなったらまた買いにいけばいいんだ、
というところ。
要するに「食べ物って単なる食べ物じゃん」という感覚を意味するように思いますが、
これは当然みたいだけど当然じゃないですよね。
私たちにとって食べ物というのは、深遠な意味を持っています。

このヒラメキについてもっと話し合いたくて
お願いしたらここに掲載するために書いてくださいました。

私たちが話しをしたことのひとつは
「食べ物って単なる食べ物じゃん」というふうに感じ始める前
食べ物って一体なんだったのか、ということです。

それは「目の前にあるこれを自分のものにしてしまわなければ二度と手に入れることができない」という思い、でもあります。
この国で、今を逃すともう二度とは手に入らない食べ物というのは
幸か不幸か、実際はほぼありませんが、
物質的、経済的なレベルの話ではなく、私たちの心の中において
食べ物は常に奪い去られ、もう二度と手に入らないかもしれないもの、でもあります。

じゃあ、もうひとつの問い。
食べ物は誰に奪い去られるのか。

話を聞いていて非常に興味を持ったことは
生活指導で治そうとする民間療法の先生から離れていくのと
「食べ物って単なる食べ物じゃん」というヒラメキが前後して訪れていることです。
いわく、
「あれは良い、これはダメ、あれをしろ、これをしろ・・・」
マル、バツ、マル、バツ・・・、そして今ある生活そのものの否定
それから離脱するのが彼女にとって
「この治療法はダメみたいだからやーめた。別のにしよう」
というレベルをはるかに超えた、
ガラガラと何かが崩れていくほどの非常に苦しい決断だったこと。

<あのストイックな生活は、わたしが最も重症だった10代半ば、制限型の拒食症として実践していた生活と、ほとんど変わらないのでした。>

「その先生は、内なる貴女だったかもしれないですよね」
マル、バツ、マル、バツ、あれを食べろ、これは食べるな・・・
いつもいつも”食べ物を奪いさってきた人”。
それから、そうやって生きてきた内なる自分自身との決別の苦しさ。
”食べ物を奪いさってきた人”を遠ざけることで
食べ物が単なる食べ物に、見えるようになってきたこと。

そうかもしれないよね。

<言わせている面がある>というふうに書いてくださってますが、
外から聞こえると同時に内からも聞こえる声だったのかもしれません。

話を聞きながら摂食障害というのは
やっぱり大きな仕事なんだよなあ、と思いました。

目の前で一個189円のクロッカンを10個買っても1890円であることを
しみじみと説明されたことが嬉しかった。
食べ物は、食べ物にすぎない、という実感の、嬉しさ。


※もうひとつ。鬱の薬で太ることについて、患者に対して選択権を与えない治療者が多い、
というのは私はずっと疑問なんですが、意をけっして「コ難しい本おとな買い」して来ました。ずっと前から言ってますが、薬の話ね、いずれきちんと調べてみたい、と思ってます。

「貴女の大切な物語に対して心から感謝します。ありがとうございました。」


食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語1
食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語2
食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語3

« 食べ物との普通のおつきあい、を取り戻すまでの物語2 | HOME | 拒食症・過食症を対人関係で治す 5 »

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://darari.sakura.ne.jp/antidiet21/mt/mt-tb.cgi/1730

コメント

エネルギーが要りますよね。
あんまり一気に書きすぎても、アップしたままでいいてね。

運動は楽しくないと続きませんね。
私は、かっこいい若いお兄さんたちと一緒が青春時代になかったので今取り戻すべく、彼らのパワーをいただきつつそれにつられて続いておりました。人生地獄のようなところから、本当に一人の学生アルバイト君のひたむきさが私を
暗い世界から引きずり出してくれました。

でももう1年も前の話で、今はのめりこみすぎてちょっとまずいところにまできてしまいました。
1.2週間おやすみかな。年末だし、大掃除でもしてみようかな。

はじめまして。つい最近、偶然にこちらのブログにたどり着きました。毎日少しずつ読ませてもらっています。私はこの物語の方と同世代だと思いますが、すごく共感するところが多くて、思わずコメントしています。私も数年マクロビにはまって、食生活だけでなく生活の全てをマクロビオティックなものに厳守して過ごしました。その強迫観念のような状態が非常によく分かります。

「食べ物って単なる食べ物じゃん」、本当にそうなんですよね。感動した言葉です。
私も思い出した頃に食べ吐きをしていますが、食べ物が単なる食べ物でしかなくなる日を信じています。

ボディ・フリーイング・サミットに参加したいのですが、招待状を送っていただけないでしょうか?よろしくお願いします!

ああ、すごい、偶然です。。。
私も、このところずっと、
「食べ物は食べ物に過ぎない。それ以上にはなれないんだ。」ということをつくづく感じさせられていて、鬱になっていたのです。
食べ物は、食欲を満たす物以上にはなれない。魂の飢え渇きを満たすことはできないんだ。
本当に、食べ物は食べ物にすぎないのだ。
ということを、しみじみと感じていたのです。
摂食障害20年やってきて、感じるようになった空しさです。
本当に、寂しさを感じます。それと同時に、食べるのがいろいろと面倒になってきました。
これまでは、じゃあ、食べ物ってなんだったんだろうと思い返すと、やっぱり、それは、体レベルではなく、心や魂を満たしてくれるものという期待に満ちていました。
そして実際、満たしてくれているような感じがしていましたが、さんざん食べ物と絡み合ってきた結果、そういう役割は担ってくれないのだということを体でわかるようになった気がします。
でも、それはとても寂しいことでした。
まだ、時々、食べたり吐いたりはしていますが、今は過食中もとても寂しいです。
もう過食が寂しさを埋めてくれたり紛らわしてくれたりできなくなってきたのを感じています。本当に寂しいことです。
食べ物が本来あるべき位置に収まっていってしまったような気がしています。

自分ごとですみませんでした。

私も過食症になり、子どもを産み、育てるうちに食べ物に対する意識が二転三転しました。
子どもがまだミルクしか飲めないとき、「絶対、この子はジャンクフードが好きな子にはしない。和食好きな子にするんだ!」って思って、「粗食のすすめ」を書かれた方の「子ども版粗食のすすめ」のレシピ本を買い、ご飯はいいけどパンはダメ、甘いお菓子はダメ、肉より魚、野菜中心と思い込んでいました。
でも、実際子どもが離乳食を卒業し、私達大人とほぼ同じようなものが食べられる月齢まで来たとき、子どもが突然、私の作った料理を受け付けなくなりました。
今までの和食のおかずは食べず、納豆ご飯、ヨーグルト、サツマイモ、林檎、バナナ、それから私が一番、食べてほしくないと思っていたパン、菓子パン、洋菓子を特に好んで食べます(まだ小さいのでスナック菓子は与えてませんが。チョコレート生クリームも食べさせていません)
しばらくは実家の母や夫が買ってきて食べさせるから味を覚えてほしがって食べるんだ!っておもっていたんですが、和食のおかずを食べなくなったのはなぜなんだろう?と考えていました。
たぶん、子どもの中でもう、和食のおかずは飽和状態でいらない、別のものを体が欲求してるから食べないんだ、じゃあ、仕方ないかとやっと思えるようになりました。
子どもは大人より自分の体が欲するものに敏感だと聞きました。
それならこの子が食べたいものをあげようと思いました。
それでも、甘いお菓子、菓子パンはなるべく避けています。
でも将来、この子が幼稚園、小学生になって食べたいと言ったらその時は食べすぎは良くないけれど、自分が満足して友達と楽しくお菓子を買いに行って食べるぐらいはいいんじゃないかなと思います。
私も玄米を辞め、七分づき米に変えました。
食べたいものを食べています。
悲しいかな体重は減りません。
たぶん、抗鬱薬を飲んでるからかもしれません。
でも、私が飲んでる薬は痩せた人もいれば太った人もいて、薬で太るのかどうかは疑問を持っています。
なので、ノラさんの鬱の薬で太るかどうかの記事も興味があるので楽しみにしています。
支離滅裂なコメントになってすみません。

薬の話の実際は、薬を出しているお医者さんに聞くしかない。

じゃなければ、処方薬局の薬剤師さんに。

薬に対して考えていることそのまま聞いても答えてくれないのかな。

nikonikoosinn さん
人間には「・・・ねばならない」の気持ちに先んじて
快/不快、楽しい/つまらない、美味しい/不味い
というような感覚があるのは、意味の深いことだな、と思います。

依存というのは、とてもありがたい機能ですが
できるだけ苦しくないものに依存する、というのは
ある程度まで技術と方法ですね

大掃除の季節ですね。
忘れてました。

hopeさん
招待状お送りいたしました。ご確認お願いします。

この話の中で、出たのが
過食は罪悪感と自己嫌悪がなければ
辛さは十分の一以下(もっと少ないかな?)だよね、
ということでした。
単に過食して吐く、という身体的な苦しさのみであれば
二日酔いで気持ち悪くなって「あんなに飲まなきゃよかったな」
という後悔と殆ど同じレベルですから^^
それならまあ、してたっていいじゃんね、って。

このお方の、長年の葛藤や苦悩、そして努力の日々をうかがって、とても素敵なお人柄を想像することが出来ました。
そして食べ物との普通のおつきあいをようやく取り戻されたとのことに、なんだかホッとした自分が居ました。
私も一時期玄米食をしました。マクロビの本も買いましたが、続きませんでした。私も拒食期のねばり強さ(というか執着)が強ければ、マクロビにはまったと思います。
「これが良い」と聞けば、自分にも家族にもそれを実践したい。純粋に忠実に従う。だから食べ物に○と×をつけて、自分が何を欲しているのかわからなくなってしまって。。。。
本当によくわかりました。
食べ物とのお付き合いが普通に出来るって、摂食障害者や万年ダイエッターには本当に切実な願いだと改めて思いました。

ちなみにお薬に関してですが、私の夫が医療従事者でありまして、彼曰く、「薬の構造なんて単純で、そんな複雑な効用なんてないに等しい。特に精神科のお薬は臭い物にふたをするようなもので、大抵眠気を起こして、頭をぼんやりさせてるようなもんだ」と。
しかし医師とて詳しい説明や本当のことは言わなかったりするのですよね。。。。薬で儲かる医療制度なので。
(主旨とずれていたらすみません)

asa さん

そうですね、寂しいことでもありますよね。
裸になってしまった「心や魂」がそこに残る、ということですから。

このお話でも思いましたが、
やっぱり「回復する」というのは、辛いなあ、と思います。
でも、人は回復するんですよね。

kikiさん

お子さんの食事、というのは気を使われるんでしょうね。
食べ物が身体だけではなく、想像力に対する栄養素でもある、
ということを考えると、甘いものやジャンクフードも
きっとそれなりの役割を果たしてくれるのだろうとも思いますし。

薬については、おっしゃるとおり、一概に太る、痩せる
などとは言い切れないですよね。
調べ出すと、なかなか果てがないので、うまく記事にできるかどうかは
約束はできないんですが、勉強してます^^

ちなみに、もしよかったら、何を飲んでいるのでしょうか?

ふたたびnikonikoosinn さん

そう言われてしまうと確かにそうも言えてしまうのですが・・・
ただ、私は処方される側も知識を持っていていい、
というふうには思うんです。
体重が増えたことが「薬」に原因があるのだ、
と知るだけで自分を責めなくてすむ人も沢山いるのですし、
それを分かっている、というだけで摂食障害にならずにすむ
という人も居ると思うのですよね。

処方された薬が摂食障害を生み出してしまう、
という状況は私にはとても悲しいものであるように感じられます。

そうですね。回復には痛みが伴うのでしょうね。
過食を必要としてきた、本来の心の空洞や傷や寂しさに向き合うことになるのでしょうね。
でも、今まではどうしたって向き合うことなど不可能だった、そうしたものを担えるだけの強さを、身につけられたときに、人は、回復していくのでしょうね。
今まで支え守ってくれた過食に感謝しながら。。。
そう、思います。

つみきさん

素敵な方ですよ^^

「ルールが欲しい気持ち」に、マクロビはぴたっと合いますね。
何かに向かって頑張りたい、というか。

頑張るのをやめた先に「普通のおつきあい」が待ってるかもしれない、
と頭で考えても
実際今頑張っているものをふっと手放す、というのは
凄く大変な経験だと思います。

「アンチダイエット」という考え方もそうですけど、
そうかそうなんだ、と頭で理解しても
実際に「頑張ることをやめる」というのは
時としてこれまで持ってきた人生観に関わるくらい大変なことだったりしますよね。

精神科のお薬、たしかに構造の似たものが多いですね^^。

わたしが飲んでるのは、パキシル、コンスタン、デパスです。
気になって調べたのですが、私の飲んでる薬で太る人もいれば食欲不振になって痩せた人もいて、薬のせいでってことはないみたいです。
ドグマチールという薬は食欲を増すので太るみたいです。

「今のうちに食べておかないと!」っていう強迫観念と、白黒主義、完璧主義が私の場合は根っこにあると思います。
だから初めて「これはもういらない」と思って捨てられたときは、
食べ物に対してはもったいないと思ったのですが、すごく清々したというか。
気持ちが楽になりました。
そうやって食べ物を「食べ物」と認識できるようになって、過食は減りました。
自分の飢えを凌ぐ物、と捉えていたころは捨てられなかった。
自分の飢えがなんなのかわからずに、闇雲に食べて自己嫌悪していたんです。
今は、「心」が飢えているのか、おなかが本当にすいているのか、
見極めながら買い物や食事をしています。

ドグマチールは坑鬱剤として処方されることも多いのですが、
胃腸薬としての役割もあるそうですよ。
私は食事がとれなかったときに1週間ほど出されました。

ただ、このドグマチールはホルモンを狂わせるらしく、男女問わず母乳が出る、とか生理が狂う、ことがあるということです。

病院の投書箱に副作用の説明もしてくださいと書いてみるとか。

今はお薬説明がついているから相手も忙しいだろうに聞かないかぎり、わざわざいわないでしょ。

本屋にも病院のお医者さんが出す薬なんて本はたいていあるし。

私はカウンセリングで症状がおさまった話をどなたかが書かれていましたが、それは何故か聞きたいです。

asaさん
ジェニーン・ロスが回復のことを光の方へ向かっていく力、
というふうに書いていますが、本当にそういう感じがしますね。
私はかなり楽天家なので、人が治るのは
やっぱりどこかしら人生が楽しいものだからじゃないかな、
というふうに感じます。

kiki さん

ありがとうございます。
たしかに、同じ薬でも太る人と痩せる人がいますね。

yuiさん
<「心」が飢えているのか、おなかが本当にすいているのか>
最初は結構見極めが難しいことがありますよね。
分かっていてもわざわざカン違いしたいときももちろんあるし。
でも、カン違いはカン違いだとある程度認識できていると
過食ってかなり楽なものですよね。

そう、私も乳が出る、というのは結構びっくりしました。
副作用で想像妊娠した、と書いてくれた人がいて(笑)

nikonikoosinnさん
たしかに素人の私が屋上屋を架す必要はないですね。
胸のうちにとどめておくことにします。

気を悪くしないでね。
プライドの高いお医者さんに、薬のこととやかく言うとそれこそこわされてしまいませんか。

自分の身は自分で守るしかないという意味で薬の知識はもっていることに賛成。

nikonikoosinnさん
私自身は、自分の服用する薬についてこちらから気をつかって充分に話しあいの
できない医師なのであれば、少し頑張って納得できる信頼関係の築けるお医者様を
探した方がいいのではないか、と思う方なので、
その点は少し nikonikoosinnさんと見解が異っているかと思います。

自分自身がなんだかわからない薬を処方されて
それについて医師に聞いてもよいのではないか、という発想すら持てなかったこと
に由来する「思い」です。

ただ私はどう頑張っても「経験的に」ものを言える立場ではないこと、
収集できる情報がある程度限られること、
などから言って、薬剤に関する情報発信については
相当に慎重になる必要があるな、とは思っています。

そうですね。自分の薬についても
きちんと説明してくれないお医者様なら変えたほうがいいのでしょうね。

お医者様の年齢によって、ここ10年ぐらいで出回った薬は使ったことがないから出せないという人もいるようで、

となるとドグマチールが彼らが臨床経験をつむときには一般的だったのだす。

そんなはなしです。

山の頂上に行くのに道がひとつではないように、快復の方法の選択も薬の選択と同じように選んでいる意識でもたないとかな。

えらそうなことはちっともいえないんです。
対人関係で治すっていいですね。
夢のような話だけど。

コメントを投稿

          

お気に入り

ダイエットブログランキング
人気ブログランキング

摂食障害関連ブログ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ

このブログのRSSを取得
[RSSフィードとは]

○ボディ・フリーイング・サミット○
「身体を解き放つ」ことについて自由に語りあうためのコミュニティです。
ボディー・フリーイング・サミット

掲示板
掲示板作ってみました。