拒食症・過食症を対人関係で治す 7
第七章 家族にできること
最近「家族」や「恋人」として摂食障害の回復に立ち会っている立場の人からも
メッセージを頂くようになりました。
何かの参考になれば、と思います。
私が興味深かったのはひとつは
<「どうして」で始まる質問も要注意です>という記述。
「どうして~なの」って一見話あってるように見えるのですけど、
「あなたがこうすると、私はこう感じるので、
だからこうしたい」とかいう、本来の話しあいからはかなり遠くて
自分の感情とか考え方をはっきりするのを避けて
なんとなく相手だけ操作しようとしてるみたいな
非常に丸投げっぽい感じがしますよね。
「どうして」といわれるたびに、責められてる、という気持ちを持つ人って
多いような気がします。
<自分の悩みを聞いてもらいたいときは患者さん以外の「聞き役」を確保してください。>
というのも、興味深かったんですけども。
自分の経験を考えるとね、
たとえばこれが私と母であれば、
母にとって衝撃の発想だと思うんですよね。
「自分の悩みを話すのに娘以外の相手がいるわけないじゃないかー」って。
そういう母娘って、実は多いのじゃないかな。
これができる環境だったら、私もなんだか色々違っていたんだろうな、
って、思いますね。
第七章 家族にできること
誤解されやすい点ですが
「自分の気持ちがきちんと表現できて相手に理解されたかどうか」
が重要なのであり、
その結果自分の思い通りになったかどうかは、本質的な問題ではありません。
1家族にありがちな問題態度
○自分の心配を患者にぶつける/落ち込む
家族が自分の心配を患者にぶつけてしまうと、本人が一番心細いのに
家族のことまで面倒をみてあげなくてはならなくなってしまいます。
「一緒に頑張っていこう」と安心させることが大切です
○「わがまま」と責めたり「気の持ちよう」と励ましたりする
摂食障害は本当は人の力を借りなければならないようなときも
自分だけでなんとかしようとしてしまう人に起こりやすいものです。
自分の弱さや限界を知り、「助けてもらい上手」になることが必要です。
「力をあわせて治療に取り組みましょう」という姿勢が大切です
○一緒に落ち込む、「気楽に考えよう」というアドバイスする
「家族を落ち込ませてしまうから話すのをやめよう」
となると、自己表現をうまくできるようになる、という目標に逆行してしまいます。
反対に「気楽に考えよう」などとアドバイスすると
「こんなに辛いのに分かってもらえない」と感じます。
解決しようとしないで、ただ「辛いね」と聞くことだけで
家族の役割は十分に果たせます
○信用しない
摂食障害を抱えていると症状を隠したり、やむを得ず嘘をついたりすることも
あるかもしれませんが、
大切なのは、何を隠しているかを暴き立てることではなく、
上手に話せるようにすることです。
どうせ信用されないと思うと話す気もなくなります。
○過食嘔吐を我慢させようとする
過食嘔吐を無理やり我慢させることは新しいストレスを植え付け
治療を混乱させます。
経済的な負担が深刻なときは、
じっくり時間をかけて治せるようにするためにお金のやりくりをどうするか、
一緒に話し合うと良いでしょう。
○食事を管理する
特に拒食症になる人は「自分のやり方」で物事をすすめられないことに
不安や不快を感じるタイプが多く、それが摂食障害につながっています。
家族が体重を管理することは、病気になっていったプロセスを再現してしまいます。
また、病気のときにもっとも頼りになってほしい家族が
監視することで敵対関係になってしまうのは悲しいことです。
○症状に一喜一憂する
できるだけ他人の期待に応えようとする人が多いですから
家族が喜んでくれるのは嬉しいことですが、
その一方で「また悪くなったらどうしよう」という不安も抱えています。
摂食障害は症状の小さな波を繰り返しながら徐々によくなっていきます。
できるだけいつも落ちついて「小さな波は気にしないで」と励ましてあげたいものです。
○迷惑をかけている、と責める
責めることで病気がよくなるわけでなく、
逆に自尊心を低下させて病気を悪くします。
自分の悩みを聞いてもらいたいときは患者さん以外の「聞き役」を確保してください。
○「私が悪かった」と一方的に非を認める
患者さんは「自分さえ病気にならなければこんな思いをさせなくてすんだのに」
と思ってしまいます。
一方的に非を認められても、
どこがどういうふうに悪かったと思ってるのか、まったくわからないために
理解された、という気持ちを持つことができません。
自分が悪かった点に気づいたら、
具体的で限られたことについて非を認めるのがいいでしょう。
そのことについて患者さんの意見をきき、
改善できる点は改善し、取り返しのつかないことであれば
患者さんの満たされない思いをよくきいてあげましょう。
2、家族にしかできないこと
「万が一のときにも見捨てられない」という感覚は本来家族だけが与えられるものです。
(恋人も、広い意味で家族に含めます)
アドバイスが適しているかどうか考えるのは治療者など第三者にもできることです。
家族には家族にしかできないことをする必要があります。
○とにかく話を聴く
途中で遮って質問やアドバイスをしたくなるのは自然な反応ですが、
それは「何を話しても大丈夫ではない」というメッセージなってしまいがちです。
「どうして」で始まる質問も要注意です。
多かれ少なかれ現状否定的な響きをともなうからです。
とにかく話をさえぎることなくじっくり聴くことです。
どうしてもアドバイスしたければ、まず相手の話をうけとめてから
「こういうふうに考えられないかしら」というふうに言えば
相手はすくなくても理解されたと感じるでしょう。
○どんな気持ちも受け止める
罪悪感、怒り、不安、といった感情をうまく処理できないことが病気の本質ともいえます。
まずはそれらの感情を認める、ということが第一歩ですが
その一番の方法は、表現してだれかに受け入れてもらう、ということです。
ネガティブな感情は解決しなければという姿勢で話をきくと
本人はそんな感情を抱く自分に罪悪感を抱きます。
「この状況でそう感じるのは当然」というふうに共感を持って聴いてもらえば、
本人はネガティブな感情を抱く自分を受け入れてもらったと感じます。
3、患者の無理な要求にどう対処するか
「気にしすぎ」「細かい」「うるさい」と感じられる要求は
摂食障害に限らず強迫性の高い人には良く見られる現象です。
まず、なぜそんな細かいことを要求してくるのかについて
正しく理解しておくことが必要です。
患者さんは自分自身が強迫観念に苦しみ
その恐怖から逃れるために家族から同じことを要求しているのです。
「一グラムでも違うと太ると思ってしまうのね。それは怖いでしょうね」
と恐怖を含めて受け止めてあげるだけでも患者さんは随分安心します。
「病気が治ればこの苦しさも治る」と言ってあげるのも良いことです。
無理しない範囲で患者さんのやり方に付き合ってあげて欲しいと思います。
要求がエスカレートして家族の余裕がなくなってしまうときには
本当はやってあげたいけれども自分の能力の限界でできない、
というのをその通りに言えば良いのです。
「無理な要求はしないでよ」といえば、患者さんは自分に罪悪感を感じますが、
「やってあげたいけれどもできない」ということを明確にすると
家族の事情を考えてあげられるようになります。
4、母親は仕事をやめるべきか
問題は仕事を続けるかやめるか、ということではありません。
娘は母に「話を聞いてほしい」と思っているのに
母は娘が「仕事をやめてほしい」と思ってるのだと思い込んでいる
というケースはよくありますが、これは「ずれ」のひとつです。
母親が勝手に仕事をやめてしまったケースでは
子どもが罪悪感、煩わしさ、プレッシャーなどを抱え込むことがあります。
摂食障害は思春期に多くおこる病気で、
この時期はいずれにせよ親離れのプロセスにあります。
自分が親離れしても、母には他の生きがいがあるから大丈夫、
と思わせてあげる配慮も必要です。
もちろん母親には仕事をやめる自由もあります。
そういうときは子どものためではなく
自分のために仕事をやめるのだということをはっきり伝えてください。
5、親自身も癒されていないことを認める
本人たちが「やせさえすれば満足できるのではないか」と
必死に身体にプレッシャーをかけているのと同じように
親たちも「子どもを思いどおり育てさえすれば満足できるのではないか」
と必死で子どもにプレシャーをかけているという意味で
親も子も同じようなパターンに陥っています。
自分の弱い部分を否認しないで受け入れれば
子どもの弱い部分も正面から受け入れてあげることができます。
子どもの側も親がなぜこのように自分をコントロールして育ててきたか、
という事情がわかれば、親を許しやすくなります。
「親はいつでも正しくなければいけない」という恐れを一度手放してみると
子どもとの距離がぐっと近くなります。
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コメント
今回はこちらに書かせていただきます。
患者以外の聞き役は本当に必要だと思います。
家族(広い意味で)が無理をし続けたらいつかは崩れて、結果そのストレスが患者に行ってしまいますし、一度信頼できる第三者に話すことで改めて再考も出来ます。
「~さえすれば」・「~なければならない」・「~べき」という考えに家族が陥ってる状態は、患者自身ではなく「症状」ばかりに頭がいっぱいになってるからですよね。
それはもう心に余裕がない状態ですので、まともに物事を見ることが出来なくなってます。「二階から目薬を何が何でもささなければ!」みたいなそういう強迫観念も起きてきます。
そのようなことを患者も本当は求めてないだろうし自分に出来る範囲で相手を思いやってあげれば良いのであって、それに焦って治せるものじゃないということをまず念頭に置いとかないといけないんじゃないかって思ってます。
もっといろいろしてあげたい・もっと楽にしてあげたいと奔走し空回りしてしまうよりも、(自分が出来ることの)限界を認めること・(患者のありのままを)受け止めることをする方が患者にとっても家族にとってもいい方向だと思います。
家族が症状ばかりに目を向けると患者も症状ばかりに目を向けてしまいます、そうなるとどんどんスパイラルに取り込まれてしまいます。
そうならない様に家族が立ち回っていくのが一番の回復の近道かなって今は思ってます。
投稿者: moti | 2007年12月25日 13:16
自分へのクリスマスプレゼントとしてこの本を買ってみました。まだすべては読んでいないのですが、ノラさんよくまとめてくださっていますね。
ノラさんは富江ちゃん?違ったら聞き流して。
治ることを信じる、今年の祈りの
テーマだわ。
投稿者: nikonikoosinn | 2007年12月26日 00:05
motiさん
「自分の限界を認める」のって、楽じゃないんですよね。
だから、回復に立ち会う、
というのもすごく真剣勝負になるよなあ、って感じます。
限界を知る、ってやっぱり
それまで持っていた価値観を一度塗りなおすことになりますものね。
でも、どれだけ辛い思いをしても
人は光の方に向かっていく、という経験に立ち会えるのも
すごく感動的なことでもあります。
見守る人、としてのご意見ありがとうございます。
投稿者: ノラ | 2007年12月26日 03:38
nikonikoosinnさん
文章がやたら長くなってしまって、困ってますが、
どの部分も良い文章なのでなかなか縮まりません^^;
治ることを信じる、そうですよね。
「治る」というのか、希望の方へ向かっていく力、
というものが本来人の心の中にある、っていうことを
私はしみじみこの場所で教えてもらってます。
富江ちゃんという方は存知上げません~。
過去記事某所にちゃっかり本名載ってるんですよ、私^^
投稿者: ノラ | 2007年12月26日 03:43
ノラさんの母親との関係の断絶について以前コメントした者です。
ノラさんに余分な心配と謝罪をさせてしまいました、ごめんなさい。
ところで私には摂食障害の姉がいます。詳しいことはよく分からないのですが、拒食と過食をくり返し、今は不眠になり相当苦しんでいる様子です。が、そのせいかわたしにも辛くあたり、「このデブ」、「ブタ」などとさげすむ様子で言われたり、食事をしようとするとものすごい目でにらまれたりと傷つけられてきました。
こちらのブログを読んで、ああこんなにつらい病気なんだなと知りましたが、もう姉と子供のころのように仲良くはできないだろうと思います。
これも摂食障害という病気の余波なんでしょうかね?
投稿者: aya | 2007年12月27日 00:18
何か問題があると苦しくなりますが、その時にこそ自分の「今の限界」がわかり、何が大事なのかを再確認できると思います。
もっと平穏な時に自分や大事なものを認識出来ていたらベストなのですが、一度問題が起きてからじゃないと人ってなかなか認識出来ないんですよね(^^;
患者さんも見守る存在もどんな小さな問題であっても乗り越えていくと必ず成長出来ると思います。
患者さんにとって問題に立ち向かう事は苦しいだけじゃなく幸せを運ぶ為のステップだと思えたら良いのかも知れませんね。
患者さんがそう思える様手伝うのが「見守る存在」なのだと僕は思ってます(^^
投稿者: moti | 2007年12月27日 10:23
連レス申し訳ないです、書き忘れたことありました。
価値観が壊れることはとても怖いですよね、今までの自分を否定してしまったような感覚に陥ります。
だけど本当に大事にしてきた価値観は消えないだろうし、
壊れた後構築される新たな価値観は今よりももっとよりよい価値観であるはずです。
患者さんも見守る側も、本心から「変わりたい」か「変わりたくない」かですよね。
変わりたいと思ったからってすぐ変われるわけじゃないけど、それはとても大事な一歩です。
進んでいく毎に見えるもの価値観が変わっていき、そうやってお互いに成長できるんじゃないかなって僕は思ってます(^^
投稿者: moti | 2007年12月27日 10:50
ayaさん
お姉さんが摂食障害ですか。
ご家族の立場では辛いこと多いでしょうね。
子どもの頃仲良くできていた家族から
理不尽なことを言われる、というのは凄く辛いことだと思います。
でも私が基本的に思うのは「摂食障害だからわけのわからないことをする」
ということはないんじゃないかな、っていうふうには思ってるんですよね。
ayaさんに対して理不尽で辛いことである、
ということは変わらないですけど
お姉さんの中では理由があって、筋道があっての行動なんじゃないかな、と。
いつも自分が言われているような気がする暴言を
気を許せるayaさんに対して言ってしまう、とか
こう、何か筋になってるものはあるんじゃないのかなあ。
慢性的に栄養不足が続くと、イライラカリカリしてしまう、
という生理的な理由もあるかもしれないですね。
凄く辛い思いをしてるでしょうけども、
もしayaさんにまだお姉さんに対して心の余裕があったら
今の苦しみがちゃんと終わるものであることを
信じていてもらいたいなあ、と思います。
辛いことが多いと思いますが
ayaさんご自身は健康に暮らせているのでしょうか。
投稿者: ノラ | 2007年12月28日 01:00