身体の冷凍保存
少し前のことだけども
このサイトを通じて知り合うことができた友人と
「ダイエットやめたらヤセちゃった」についてちょっと話をした。
本の中に出てくる
「痩せた身体の冷凍保存はできない」
という言葉が印象的だったよね、
ということで、盛り上がったのだけど、
そのときのお話。

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例えば、40キロにさえなったら
もうその後は一生体重のことなんか考えなくていいんじゃないか、
だから今だけ頑張って苦労してしまえば・・・・。
そういう感じだったよね、
ダイエットを超えて、生活そのものがいろんな面でそういう感じだった。
「体重」や「ダイエット」に生活を支配されていくカラクリって
結構そんなところにあるんじゃないかしら。
そんな話。
「状態を冷凍保存できない」というのは
生き物としてきわめて当然といえば当然だけども
一方で本で読んで初めて気がつくほどの新しい発見であったりもする。
じゃあ、なぜ私たちは「冷凍保存」に憧れたんだろう、
っていうことを私はやっぱりちょっと考えるわけで。
「それは私が馬鹿だからだろう」という気は、あんまりしないんだな。
実はそれでひとつ、思い出した言葉がある。
以前、NHKの「クローズアップ現代」で見たもので
(おそらく2007年8月30日放送分のものだと思う)
世界中で橋が壊れ始めている、という内容の番組だった。
大きな橋、等のコンクリートでできた巨大な建築物について、の特集で
私がとても面白いと思ったのは
それらはかつて希望を込めて「永久建築物」と呼ばれていたんだって。
大きくてお金もかかって、作るのは大変だけど
作ってしまえば、もうそれは永久に使えるものだと、
みんなで信じて、巨大なコンクリートの建築物は次々と作られていった。
それで、地球の表面がたくさんのコンクリートで覆われだした現在、
「永久」に守られて幸せに暮らしているはずの今この時代の私たちに
実際は何が起こっているのか、というと、
「永久」だと思ったそれらは世界中で壊れ初めて
橋が落ち、道路が壊れ、
点検すればそれら生活の基礎は腐食だらけで不安要素ばかり、
しかし「永久」だと信じてきたものを、
一体どうやって直したらいいものかわからない、という、
気付いてみればどうやらそれが現実で。
「ああ、そういう時代なんだ」と思って
永久建築物、という言葉は私はかなり衝撃だった。
永久だとみんなで信じて未来のために必死のささげ物をしてきた対象が、
実は永久じゃなかった、
というとんでもなくスゴイコト、に
生活の根本のところから直面している時代。
そういうのってなんかとっても
思春期的な価値観の危機、って言う気がするんだな。
「永久」だと思って必死に作ってきた橋が
いざ出来てみると実態は永久でもなんでもなくて
目の前でそれがガラガラと崩れていく現実に直面しなければならない
というやりきれなさ、それでも生き続けることのしんどさ、
って日常的なレベルで物凄く自分の気持ちとして身にしみる。
だから、番組の方は、本当に「橋」の安全を考えるために何ができるか、
って言う内容だったんだけども、
私は「永久建築物」を見ながら
全然違うこと、ダイエットのこと考えていたわけで。
永久の夢を失いつつある時代の中で生きている個人が
自分の身体に対して
「永久」とか「冷凍保存」とかあるいは「完璧」とか、
そういう概念を凄く欲しがって
それにすがって生きていこうとすることって
不思議でもないんじゃないか、ってことを、思っていた。
時代、という観点では、
「”永久”はダメでした、無理でした、今日から他の方法考えよう!」
って陽気に言ってる人はどれくらいいるか、っていうと
あんまりそういう新しい価値観って、正直感じないよね。
なんとなく、みんな眉をひそめたままそれでも永久の希望を捨てられずに
手の中に握り締めてただ壊れていくのを不安がっているような、
私はなんとなく全体としてはそういう雰囲気であるように感じる。
だって実際、
その夢に託した「ささげ物」が大きければ大きいほど
夢を捨てることは大変だ。
「間違ってた」っていうのは、
やっぱりそんなに簡単に認められるものじゃない。
社会のレベルでだってそうだし
個人だって、当然そうだ。
うまく行ってないとしても、やっぱり一生懸命やってきたんだもの。
私は思うんだけど
例えば「永久」とか「冷凍保存」とか「完璧」とか
そういうおよそ生き物としてはありえない地平に必死の夢を託すのも、
一度夢見たものが、崩壊するのを目の当たりにしても
その現実を受け入れることがなかなかできないのも、
崩壊しても崩壊しても、同じ夢から抜け出せないのも、
私たちが個人として「馬鹿だから」では、決してないだろうなあ、って。
私たちは今現在すごく思春期的にナーバスな時代に生きていて
「壊れてしまった永久の夢」の次に何を置くか、
という、手にあまるようなとっても大きな仕事を
いきなりぽんと、渡されてしまっているんだよね、きっと。
私たちは、
「壊れてしまった永久の夢」の次に何を置くのか、っていうのを、
自分の身体から出発して探してるんじゃないのかなあ。
・・・・。
そういうお話をね、
こないだ、ちょっと友人としてきました。
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