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2008年03月28日

面白いのでまた中村うさぎさんを読んでます。
すごく面白いんだ、この方。

うさぎの行きあたりばったり人生 (角川文庫)
うさぎの行きあたりばったり人生 (角川文庫)


華々しく買い物依存症をやり、
借金ばかりふくらんで
それでも買っちゃう、止まらない、というときに
なんと、自宅から五分のところにある斉藤学さんのクリニックに行くんですね。

そこで「摂食障害」「アルコール依存症」「薬物依存症」「ギャンブル依存症」「セックス依存症」「テレビゲーム依存症」などなどの人たちとともにグループセラピーに参加します。

で、結局、「合わない」ということで一ヶ月でやめるんですけど
その時の文章です。

んもう、皆さん、語る語る。
そしてまた、聞いてる人が泣く、泣く。
思わず、「これって、自己啓発セミナーなのかっ!?」などと疑ってしまいそうな異様な雰囲気だ。
室内に充満する負のエネルギー。
何人もの傷つけられた人々の恨み節。
私はたちまち、辟易としてしまいましたよ。
 この人たち、私とは人種が違う!うまく言えないけど、とにかく違うーー!
 それでもまぁ、一ヶ月くらいは通っただろうか。
--中略--
 しかし、「これって、私に向いていない・・・」という思いが日に日に強まって、結局は通院を中止するコトとなったのである。
何が向いてないかって、さっきも言ったように大勢の他人の前で自分の話をしたくないってのもあったし、何より私がウンザリしたのは、人々の間に漂う「何かの新興宗教」みたいな雰囲気なのであった。
 傷ついた人たち、求める人たち、すがる人たち。
悪いけど、ハッキリ言って、ウザイ集団だ。
彼らは自分の苦悩に「アダルト・チルドレン」というレッテルを貼ってもらうや、俄然張り切って「私の物語」を語り始める。
それは、被害者意識と自己陶酔と奇妙な優越感(私がこんなに傷ついているのは、私の感受性が繊細だからなの、ってな感じ)に裏打ちされた、とてつもなくナルシスティックな物語であり、申し訳ないが私には共感できない・・・いや、意地でも共感したくないタイプのキャラクターたちなのである。

どう思いますか。
私は「買い物依存症真っ只中」という精神的危機にいつつも
水平線のしっかりした健康な感性だなあ、と思って関心しちゃったんですよ。

自助組織、みたいなものはじゃんじゃんできればいいと思ってるんです。
グループセラピーってのも、気楽に参加できるようになればいいと思います。
私が管理人させてもらっているmixiコミュニティ「ボディフリーイングサミット」
なんかもがんがんのさばって欲しいなあ、と思うんです。
でもこの文章の言いたいところもすごくよく分かるんです。
で、この二つの一見相容れないような気持ちって何?
みたいなことを考えるわけですが。


とりあえずまず、著者は「書く」という言語化の方法を持っているから、
グループセラピーのいらない人だったんじゃないかな、というのは思う。
一人で自分の言語化されていない心の部分と向き合うってことに対して
かなり訓練されてるんじゃないかな、っていうのは思うんだ。
書いたものを読んでくれる人、というのも確実に居るしね。
それを、誰にでもできることだと思うのは危険じゃないかという気がする。

人それぞれ、魂の体力みたいなものがあって
自分の体力を超えるものと向き合うときは
やっぱり一人じゃなくて、
そばに人が居なくちゃいけないんじゃないかなあ。

だから一時的には言ってることは多少むちゃくちゃでも
そういうことを安心して言える場所の存在っていうのは
あってしかるべきでしょうし、
少々筋通ってなくても喜怒哀楽出す場所はなきゃいけないでしょう。
(いきなり思ってることを思ってるとおりの言葉にはできないもんね。
やっぱり無茶言ったり、自分に甘い嘘ついたり、責任転嫁したり、とか
そういう道をぐにゃぐにゃ通っていかないと、本当に自分の思ってることには
なかなかたどり着かないと思うんだ)
だから多少異常な雰囲気に見えるくらいは別に
あはは、と笑っておけばいいんでないのかな
とは思うんだ。

ただ、私は中村うさぎさんの
「うまく言えないけど、とにかく違うーー!」
って言いたい感じは、わかるし、すごい健康な感じがした。
うさぎさんで、「うまく言えない」んだから
私にはもっと「うまく言えない」んだけど。

うーん。
言葉って獲得してみたら
それは自分自身にとって嘘じゃないかどうかを
自分の魂に聞いてみる段階って必要なんじゃないかと思うのね。
その確認の段階を「仲間意識」の中でぱーっと雲散霧消してしまうと
「何かの新興宗教」みたいな雰囲気になるのじゃないかなあ。
「自分ではちょっと分からないながらも口に出してるけど
周りの人が共感してくれるから、これはきっと正しいんだろう」
みたいなところに流れてしまうとかね、
言葉にするという作業を自己確認のための作業じゃなくて
仲間意識を求めるための作業としてしまうと
何か違和感が出てくる、気がしている。

それの何が悪い、って言われると全然何も悪くはないんだよね。
「一時すっと心が晴れる浄化作用としての仲間意識」もいいんだけども、
私もうさぎさんと同様「ちょっと違う気がするな」って思うタイプで
何が「ちょっと違う」と思うのかなあ、ってのを
自分でもずっと知りたかったのでここに書いて整理してるだけなんだけど。
書けばかくほどわからなくなってます(笑)

「仲間意識」みたいなものは、あるんだ、私。
今この時代を生きている女性(少数だけど男性も)が共通して持ってる心の闇
みたいなものの一つの表現形として
摂食障害ってものがあるんだぞ、というのには
すごく注意がいくんだよね。
「私たちが苦しんできたものの正体は何なのか知りたいよね?」
っていうふうに声をかけあいたい気持ちって持ってる。
でもあくまで言葉は「仲間意識」ではなくて
「自分の心」を通過させる形で語りたい、
っていうのがあるんだ。

「期待されることを言いたい」んじゃなくて
「言いたいことを言いたい」んだけど
「誰も傷つけないように言いたい」
さらに
「誰からも非難されないように言いたい」
とか思いはじめると
どんどん何もいえなくなってくるんだけどさ。

さて、中村うさぎさんのほうは、
一ヶ月でグループセラピーをやめます。
結論はこんなこと。

そんなワケで、私は、決心したのである。
「買い物依存症」という宿題に、私は自分ひとりで取り組むわ。
どうしても克服できなきゃ、共存の道を見つけるわよ。
そう、「買い物依存症」は私の、心の一部なの。
自分の一部として受け入れて、時には戦いながら、時には手をつないで、一緒に生きていくしかないんじゃない?

うーん、この人ね、結局、ユーモアのあるところで生きたい人なんじゃないかと思うんだ。
だから「恨み節」が嫌いなんじゃないかなあ、って。
私もそういう感覚あるんだけど。

ユーモアって結局客観性じゃない。
なんか変なところで滑ったり転んだりつまずいてる自分を本気で苦しみつつ
一方で「こんなところで転んじゃったぜ、へへ」っていう目を持つのが
たぶん、ユーモアってやつでしょ。

一生セラピーの空間だけで生きていくのでない以上は
そのへんの「えへへ」という「素」の感覚も持ち合わせていなきゃいけないだろうに、
っていうのが、「違和感」なんじゃないのかなあ。

で、この人が最高にすごいのは、そのユーモアの目線が
エッセイをたくさん書かせて、ちゃんと売れる、ってことだよね。
ユーモアの目線ってそういう転換ができるんだと思うんだ。

うさぎ女王様の前借りとブランド買いあさりの日々の中の素晴らしき一言。

いざとなったら、シャネルスーツを着たホームレスになってやるもんねっ!

・・・すばらしい。
書いててわかってきました。
私、もっとユーモアが欲しいらしいです。
みなさん、もっとバカな話しませんか?
(どういうシメだ)


※自助組織みたいなものはいらない、とか
そんなところに通わないで治る人の方が偉い、とか
所詮はナルシストの集まりでしょ、とか
そういうことを言ってるわけでは全くないですよ、念のため。
そういう「つながり」は必要だと思っている、その上で
私はうさぎさんの感じる違和感ってすごく意味がわかるので
そのあたりの「謎」をといてみたかっただけで。
あんまり解けてないですけど。
そのうち解きたい謎ですね。

2008年03月21日

ところで、
「拒食症・過食症を対人関係で治す」という良書について
まとめてる途中でなぜか突然力尽きた私ですが
「なぜ途中で力尽きたのか」
ってことをやっぱり考えるわけですね。

本としてはすごくいい本なのに
読む側としての姿勢の問題っていうのか
読んでる自分が自分を受け付けなくなったところが
あるんだと思うんですけど。

昨日ちょっと考えてて思ったのがね
たとえば私が現在摂食障害の当事者だとして
家族が本を読んで勉強して
「摂食障害ってのは、これこれこういうことで
こうしてこうしたら治るんだよ。」
って言ってきて、よく勉強したでしょ?
って顔されたら

なんか腹立つんじゃないか

ってことをね
ちょっと考えたわけです。

うーん、なかなか微妙なこと言ってますので
賛否両論いただく予感ですけど^^;

ときどき
「あんたは結局どうやって治ったの?」とか
「家族ですけども、こうやったら治るんじゃないでしょうか」とか
そういう、「説明付け」のメッセージいただくんですよね。
で、やっぱり考えるんですけども
よくわかんないですよ。
わからないし、なんとも言いようがないんですよね。

で、これだけ良く書かれた本を読んでも
私はやっぱりわかんなかったのかもしれない。

わかんない方が正解じゃないか、とも思ってるんです。
(で、このサイト自体が摂食障害を言葉でたどるサイトだったりするので
私も色々矛盾したことあっちこっちに書いてますけども、すいませんね。)

言葉ですぱっと説明できるようなことだったら
最初から身体を通して
「摂食障害」
なんていうところで悩まなかったんじゃないか、というのが、
やっぱりありますね。
分からないことを分からないこととして悩んでるのに
外野から
「あなたの悩みはわかりました」
って言われるのはニセ占い師みたいなもんじゃないか、と。

※この本がニセ占い師って言ってるんじゃないっすよ。
この本はいい本です。
ただ「この本を読んでこの理屈が理解できれば”みんな”治っちゃうのかしら」
というような私の下心の持ち方、
”みんな”ってところがちょっとニセ占い師っぽかったのね。
結局私の言えることって
「これを読んでやってみて私は楽になりました」
とか、そういう個人枠の感想だけで、
それ以上は何もわからない。

わかんなくても治ったらいいし、
治んなくても今より楽に生きられるようになったらいいし。

結局、私が考えてるのってそういうところだったり
するのじゃないかしら、と思ったんですよね。

そういう意味で、たぶん自分がこのサイトをやってる姿勢そのものに対しても
迷うところずいぶんあったんじゃないかなあ。
たまに、このサイト見るだけでしんどいことありますから。
なんか、どっかで「嘘ついてる感」を持ってるんだと思うんですよね。

うん、まあ、
ちょっと分かってるフリとか、
ちょっと人を助けてるフリとか、
そういうのは、勿論積極的にしたいのね、私(笑)
でも、長くなるとぼろが出る、っていうのか
結局のところ、
考えれば考えるほど何もわかんないし
何もできるわけがない。
で、
「今さら”わかんない””できない”とか言って大丈夫かな~」
みたいな、セコいこと考えるんですけども^^

「こうしてこうしてこうするとあなたには治るより他の道はない」
という逃げ道のないところに人を追い込むことに
どれくらいの意味があるのかなあ、ってのは、
私やっぱりぐずぐずした人間だし
一生ぐずぐずした人間のままで居たいので
すごく思うわけです。

思う一方で
「こうしたら治る!」
とか、
「こうしたらやせる!」
とか
「こうしたら体重なんて気にならなくなる!」
とか、
言えたら格好良いなあってことも思うわけですよね。(←ニセ占い師)

だいたいそんなこと考えながら
しばらく更新休んでたのかなあ、とも思いますけども。
うーん、どうなんでしょうね^^

2008年03月19日

この本、すごく面白いです。
中村うさぎさんが、自分の美容整形について語ってます。

美人になりたい―うさぎ的整形日記
美人になりたい―うさぎ的整形日記


ご本人は結果としては、「整形してよかった」と思っているようですが
それは「綺麗になって自信がつきました!」みたいな
ビューティーコロシアム張りの薄っぺらな美容整形の宣伝ではなくて、
本当に、整形を足がかりにして
あくまでも見てるのは「リアルな自分自身」なんですね。
それがとても面白い。

コンプレックスについても、整形が成功して顔のコンプレックスがなくなった場合に、 一気にコンプレックスがなくなるわけではないのね。
自分嫌いの人って、根っこは顔のことくらいではないんですよ。
本当は直面すべきコンプレックスの核があって、 エクスキューズとして「だってブスなんだもん」「だってデブなんだもん」 っていうコンプレックスが立ちはだかっているんだと思うんです。
私は核になる自分嫌いに到達したいから、どうして自分を好きになれないのかっていう核に到達するには「だってブスだし」というのを解決したかったんです。
ひとつひとつ障害を外していくと、核心に迫れるっていうふうに考えたわけです。
それも幻想なんだろうけど、私にはそういう幻想があるんですよ。
そういうふうに思ってないと、整形した後に「こんなはずじゃなかった」ということになると思うの。
「やっぱりモテない」「自分を肯定できない」っていうことになっていく。
自分を肯定する前に、目の前にあるものを一つずつどけていくための手段として、整形があるんだ、くらいに思ってないと。
たかだか顔だということがわかって、私はよかったですよ。
たかが顔、されど顔、という部分が分かった。
その上で、私はどうしていくのか。
自分の生き方を見つめる手段として、整形があったと思ってたから。
整形をものすごく過信して夢を抱きすぎているのは、整形をものすごく怖がってる以上に、整形に復讐されると思う。

自分を見た目を作り変える、という意味で
整形、をダイエットに置き換えてもいいと思うんだけど
うまく行っても、思い通りにならなくても
その後に起こる現実を受け入れることができないと意味がないんだ、
っていうのは、本当にそのとおりだなあ、と思いますね。

特に、この言葉
自分嫌いの人って、根っこは顔のことくらいではないんですよ
本当、そう思う。
顔のことくらいではないし、
体重のことくらいでもないですよね。
自分を受け入れられないという気持ちはね。
でもどこかで受け入れない限りは
思い描く自分に到達することも決してないわけで、
整形でもダイエットでも、
どこまでも永久に続いてしまう可能性があるわけですよね。
その状態は、やっぱり幸せじゃないと思う。

あと、こんな一文がある

芸能人には整形したことをバンバン言ってほしいよね

これは、本当にそう思いますね。
整形したこともバンバン言って欲しいし
特殊な体つきを維持するために生活の中の中のどれくらいの部分を犠牲にしてるかも言って欲しいし
写真だってどれくらい加工してるのかも言って欲しいですよね。

知った上で「こういう種類の美しさ」が欲しい
と思う人は、そういう職業にいって生活かけて美しくあればいいんだし、
自分の生活の中でそれだけの犠牲を払うべきものは
「離れて見られるための美しさ」じゃないな、
と思ったら、自分にとって一番大事なものを一番大事にすればいい。

整形にしろ、ダイエットにしろ
それ自体「やってみたい」という気持ちそのものを否定する理由ってない気がするけども
変な土俵に立たされるのは嫌ですよね。
賢い人は痩せている、とか
仕事できる人は痩せている、とか
痩せてる人は太っている人より道徳的に正しいとか、
なにか訳の分からない理由で顔つきのこととか体型のことが
超自然的に決められていて
一定の範囲から外れたら人格の問題です
みたいな、わけのわかんない演出は迷惑だと思う。

ちなみに整形についてどうか、というと。
巻頭にbefore/afterの写真が載ってるのね。
見ると「うおっ」と、一瞬思うのだけど、
何が「うおっ」なのか、と言えば
beforeもafterもすっぴんであまりライト当てずにとってるわけです。
(本人のあえての希望でね)

文章中の対談で出てくるのだけど、
この方、もともといわゆる「かわいらしい顔立ち」の人のようなんですね。
で、その人が一流の先生(タカナシクリニックの院長さん)に
金に糸目をつけることなくやりたいところ全部手術してもらった後の顔でも
すっぴんで女優ライトなしだと「うおっ」と思うわけですよ。

それだけ、見慣れてないんだよね。
化粧してない、女優ライト当たってない、加工もしてない女性の顔写真、にね。
でも女性っていうのは普通は
プロ並みのメイクとか特殊なライティングとか加工とかしない状態、
私が「うおっ」と思った写真に近い状態で生活してるわけで。
何が言いたいかっていうと
要するに普段見慣れてる「美人の教科書」ってのは
そもそもそれだけ現実離れしてるんだ
ってことを、しみじみ思ったわけです。

で、その状態でbeforeとafter、どっちが美人に見えるか、というと
うーん、好みの問題だろうなあ、という範疇ですね。
いわゆる「バランスの取れた顔だち」にはなってるんだけども
ちょっと意地の悪い言い方をしてしまえばそれは
「個性がなくなった」というふうにも言えてしまうわけで
afterの方が化粧映えはしそうだけども
「どっちが美人」という問題とはちょっと違うみたいな気がする。
本当に、第三者として見てしまうとね、やっぱりそうなるんだな。

でもafterに、プロがお化粧してプロが撮影した写真は
実際とても美しいですね。
現実的ではない、というふうにも思うけれど、
作品としては、とっても綺麗。

これ、面白い本だと思いますね。

あゆさん、yuiさん、かいさん、明季さん、心愛さん、なるさん、
Claire☆さん、みきねこさん、ちぇりこさん、つみきさん、まもるさん
きりん。さん、kikiさん、cafemmeさん、ともさん、わかります。さん、江里さん、koumeさん
コメントありがとうございましたっ。

喜びつつ、お返事させていただきました。
はじめましての方、まだ見ていただけるかなあ。
遅くなって申し訳ありませんでした。
(いつも遅いですけどね。今回は極端でしたね)

最近一日何百の単位でスパムコメントがつくので
ちょっと見難くなってるかもしれませんが、
一応、
コメント一覧

(スパムコメントもなんとかしないと
コメント欄自体が閉鎖の危機なんですが
どうしていいのかわかりません、すいません。)

ずっと冬眠してたんですが
二日ほど前に目が覚めました(笑)
いや、また寒くなったり暗くなったりした
二度目冬眠に入るかもしれないので
たまたま今だけ気分がいいのかもしれないですが

お返事書かせていただけて
非常に嬉しかったです、ありがとうございます。

ムラ気の多い管理人ですみません。
心からこういう奴なんです。

皆様に感謝。

2008年03月16日

時々、神様が乗り移ってるんじゃないだろうか
と思うほどすごいことを言う知人がいる。

ずいぶん昔に
「理由もなく悲しいときは、どうするの」
と聞いてみたことがあった
「横になってその悲しみがどこから来たのかなって考えるよ」
と、その人は答えてくれた。

その時も、すごいことを言う人だな、と思ったけれど
今考えてみても、どうしてはたち前後の年頃で
一体どこでそんな方法を覚える暇があったんだろうと
びっくりする。
聡明ではあったけどもいつも無邪気そうで快活そうにしていながら
なかなか孤独な人だったんだなあ、と
今思い出すと分かるようになってきた

人は、起き上がってるときと横になってる時で
向き合える感情の質が、実際にずいぶん違うのだ
起き上がって考えることに耐えられない
根っこのわからない悲しみや孤独は
横になってただ感じでいる方が
ずっと、なんとかなりやすかったりする

人が、悲しくて起き上がれないときは
やっぱり横になってしなければならない仕事を
いっぱい持ってるんだと思う
人の感情にとって重力って、どうやらかなり重いのだ

冬にいつも悲しくなるたちで
冬のない国に行けば明るい人生になるんじゃないか、と
常夏の土地に住んでみたことがある。
冬のないことそのものに神経が耐えられずに
結局またもとの、とりわけ冬の長い土地に
帰ってきてしまったのは面白かった

冬にやらなければならない感情的な仕事、というのが
どうやら身体の中にちゃんと組み込まれて成長してきたらしい
悲しみってやつは感情のバランスを保つために
ちゃんと理由あって、どこかからやってきてるものなのだと思う
必要な分だけの悲しみは
やっぱりどうも必要なのだ。

悲しい時には
悲しみを感じないように起き上がることより
悲しみを感じるために横になっていることの方が
ずっと意味のあることが多いと思う

起き上がれないときには
起き上がることを頑張るより
ただ横になっていることを頑張ることの方がどうもいい
悲しみってやつは
結構重力に弱いのだ


※そんなわけで私もしばしば四六時中寝てます、すいません^^;
お久しぶりになりました

※※コメント、読んでます。
いまさらになってしまって本当に申し訳ないんですがレスもつけます
遅くてごめんなさい。
お返事書きたいんですけども、どういうわけだかずっとできません
もうちょっと時間ください

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