HOME摂食障害と一緒に生きる

2008年04月07日

治るか治らないかにこだわる

なだいなださんの「人間、とりあえず主義」という本を読んでいたんですよ。
で、面白かった一文。

神経症の治療は、すべてを医者に任せておけば、医者が治してくれるという病気ではない。患者自身が努力しなければ進まない。 しかもその気持ちになっていない人ほど、治るか治らないかにこだわる。

これは、しみじみとわかる文章だなあ、と思いました。
神経症、という言葉に捕らわれずに、自分勝手に読めば、ですけども
何かにこだわっているときほど、本当は「その気持ちになっていない」、
んだろうなあ、というのは
わが身を振り返った時にすごく思います。

続きを読む続きを読む "治るか治らないかにこだわる" »

2008年03月16日

悲しくて起き上がれないときには

時々、神様が乗り移ってるんじゃないだろうか
と思うほどすごいことを言う知人がいる。

ずいぶん昔に
「理由もなく悲しいときは、どうするの」
と聞いてみたことがあった
「横になってその悲しみがどこから来たのかなって考えるよ」
と、その人は答えてくれた。

続きを読む続きを読む "悲しくて起き上がれないときには" »

2008年01月23日

身体の冷凍保存

少し前のことだけども
このサイトを通じて知り合うことができた友人と
ダイエットやめたらヤセちゃった」についてちょっと話をした。
本の中に出てくる
「痩せた身体の冷凍保存はできない」
という言葉が印象的だったよね、
ということで、盛り上がったのだけど、
そのときのお話。

続きを読む続きを読む "身体の冷凍保存" »

2008年01月22日

摂食障害と薬・SSRIについて 2

摂食障害と薬・SSRIについてより続いています

摂食障害の治療において多く処方されている薬について書いています。
可能な限りの情報は調べましたが、私自身は特別な専門知識のない人間です。
その点をご理解いただいて、
この情報を必要とされる方のみ以下を読んでくださるように
あらかじめお願いいたします。

続きを読む続きを読む "摂食障害と薬・SSRIについて 2" »

摂食障害と薬・SSRIについて

摂食障害の治療において多く処方されている薬について書いています。
可能な限りの情報は調べましたが、私自身は特別な専門知識のない人間です。
その点をご理解いただいて、
この情報を必要とされる方のみ以下を読んでくださるように
あらかじめお願いいたします。

続きを読む続きを読む "摂食障害と薬・SSRIについて" »

2007年11月14日

すっごいポジティブ

時々仕事を助けてもらっていた知人に
「君は本当に考え方がポジティブだよねえ。見習わないとな・・・」
というふうによく言われていて、
割と身近でその人のことを見ていた私は
「全くその通りだよ」とうそぶいたりなんぞしてまして。

これは結構
私自身が「ポジティブシンキング」っていう言葉が嫌いであることと、
もともとは「箸が転んでも死にたくなる」性格であることから考えるに
結構笑える現象でもあります。

続きを読む続きを読む "すっごいポジティブ" »

2007年09月01日

プロアナ(3)

ご紹介したものの他に、プロアナの映像をいくつか見てみました。
その上で感じたことを少々。


プロアナというのは「アナレキシアを支持する」ことであり
プロアナムービーはそのためのいわばプロモーションビデオのような位置づけなんですが
映っている映像は殆ど「アナレキシア」ではなく
「アナレキシアの体型をしたモデル」なんですよね

続きを読む続きを読む "プロアナ(3)" »

2007年08月30日

プロアナ(2)

プロアナ(1)から続いています

続きを読む続きを読む "プロアナ(2)" »

プロアナ (1)

mixiコミュ「ボディ・フリーイング・サミット」、
誤解、賛同、怒り、安堵、気づき、色々巻き起こしつつ
とても有意義な話合いができているように思います。
(あ、阿鼻叫喚の事態じゃないですよ^^;
おだやかに、でも真剣に本音が語られております。)
迷っていらっしゃる方、ブログにはコメントを書き込みにくい方、
よかったら深いお話をしにきてください。
mixi未経験の皆様もお待ちしております。
-----

mixiメンバーの方から「プロアナ」というムーブメントについて教えていただきました。
アノレキシア(拒食症)を支持(pro)という意味の言葉だそうです。
(参考サイト→[摂食障害]プロアナ
興味深かったので、ちょっと色々と考えてみました。

続きを読む続きを読む "プロアナ (1)" »

2007年08月22日

太っていて醜いと感じるとき

「自分が太っていて醜い」
という感情の嵐が心の中で吹き抜けるとき、
それに対して可能な思考回路が
何通りかあるんじゃないかな、というふうに思います。

続きを読む続きを読む "太っていて醜いと感じるとき" »

2007年08月07日

幸せと摂食障害について 2

参考記事はこちら
幸せと摂食障害について

「幸せなのになぜ私は摂食障害なんだろう?」
という問いに対して、ひとつ
「自分なりの答え」を寄せていただきました。

続きを読む続きを読む "幸せと摂食障害について 2" »

2007年08月06日

摂食障害とダイエット

「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか」
というご意見を頂きました

続きを読む続きを読む "摂食障害とダイエット" »

2007年08月04日

幸せと摂食障害について

「自分の身体が受け入れらない」ということと
「社会における自分のアイディンティティの不確かさ」について
記事を書いたときに
(参考記事:自分の身体を受け入れられないとき 2 「ハングリーセルフ」
同意の意見と、自分には当てはまらない、という意見
両方頂いたことから
ちょっと考えていて気づいたことがあるのだけれど

続きを読む続きを読む "幸せと摂食障害について" »

2007年08月01日

自分の身体を受け入れられないとき 2 「ハングリーセルフ」

「自分の身体を受け入れられないとき 1 掲示板から」より続いています


ハングリーセルフ
ハングリーセルフ

続きを読む続きを読む "自分の身体を受け入れられないとき 2 「ハングリーセルフ」" »

自分の身体を受け入れられないとき 1 掲示板から

掲示板に頂いた書き込みを引用させていただきます。

女の人が、怖いのです。
太るとそれだけで非難される要因が自分にできてしまう。
自分が軽蔑・侮蔑・非難の対象となってしまう危険性ができてしまう。だから太りたくないのです。
旦那と二人きりで他に誰とも会わない引きこもり生活ができるのなら、食べ始めてもいい、たとえそれで太っても耐えられると思うのですが、それ以外の人の前にはとても出られる強さは持ち合わせることができない。
何でなんでしょうね。。。

続きを読む続きを読む "自分の身体を受け入れられないとき 1 掲示板から" »

2007年07月30日

ダイエットをやめるということ


他サイト掲示板で「ダイエットをやめたらヤセちゃった」
という話題が出てるのを教えてもらいました。

ちょっと興味深かったので、ご紹介したいのですが
リンクはってもログが流れそうなので、引用してしまいます。
(2ちゃんねる掲示板/スレッドタイトル「ダイエット やめ たら 痩せ ちゃっ た」
掲示板に独特の言語表現のされている部分のみ、
文意を損なわない範囲で、言い回しを変更させてもらいました。)

続きを読む続きを読む "ダイエットをやめるということ" »

2007年07月28日

かけがえのなさ

たまには淡々と脱線しようと思うんです

私、ただ今「ド」の付く田舎に住んでいるんですが
この季節、夜に散歩すると
人間は歩いてませんが
クワガタが道を歩いてるわけです

ひっくり返ってるのは、放っておくとアリに襲われてしまうので
助けてやるんですが、今度は手から離れないのがいまして。
そんなこんなで縁の強いやつは
指にくっつけたまま連れて帰ってきたりするんですね
大きい虫かごに入れてスイカの皮与えてたりします

続きを読む続きを読む "かけがえのなさ" »

2007年06月10日

摂食障害と家族

こんな悲しい話を聞いた

同棲しているカップルの彼女が摂食障害
何年も一人で苦しんでも治らないので
彼に協力を頼んで一緒に病院へ行ってもらう
初めて二人で行った病院で
彼が治療者に言った言葉は
「彼女は過食を我慢できないんでしょうか?」
聞いたとたんに彼女は泣き出してしまった、という話

勇気を出してはじめて一緒に行った病院で
彼が一番知りたがったことが
「彼女は我慢できないのかどうか」ということだったというのは
辛かったろうな、と思う

続きを読む続きを読む "摂食障害と家族" »

2007年06月03日

摂食障害は病気か

「摂食障害は病気かどうか」という点については、
これまでどちらかというとあまり興味をもたずにきた
(わかんなかっただけだけど・・・^^)
私が注目したいのは、「病気かどうか」ではなく、
私たちが今おかれた個人的、社会的状況の中で
何を感じていて何ができるか、ではないか
と思っていたからなのだけど

続きを読む続きを読む "摂食障害は病気か" »

2007年05月06日

解放までの期間

食べ物について悩みを抱える人の話を聴くと
本当に長い期間にわたって悩んでいる人が予想以上に多い
十年以上、という人もどうやら珍しくはないのだ
私は、あれで随分短期間で解放に至ったのだな、と思う

心的つらさが食行動にすぐ結びついてしまう、
という切実な苦しみを抱えていたのは実に四年くらいの期間だったし
その四年間の中には食に関しては殆ど問題を感じていない潜伏期も含まれている

続きを読む続きを読む "解放までの期間" »

2007年05月05日

飢餓実験と摂食障害考

キーズの飢餓実験というものがある

第二次世界大戦の終結を目前に
アメリカのミネソタ大学のアンセル・キーズというという人によって
収容所で飢餓状態に置かれた人たちをいかに回復させたらよいのかを研究するために行われた大規模な実験だ

ちょっと衝撃的だが、以下のような内容のものだ

続きを読む続きを読む "飢餓実験と摂食障害考" »

2007年05月02日

ただ待つという凄いこと

ジェニーン・ロスと言う人は
17年間ダイエットを続けた後で自分の知恵を信じることを決意し、
その日から二週間食べたいと思うに任せてチョコレートチップクッキーを食べ続けました。
15日目以降はさすがにチョコチップクッキーには飽き、
その代わりありとあらゆる今まで禁じてきた食べたいものを食べ続け
半年で6,8キロ体重を増やしました。
それでもなお食べたいものを食べ続けて、最終的に二年で13.6キロ減量したのです。

続きを読む続きを読む "ただ待つという凄いこと" »

2007年04月27日

原因親子関係説

摂食障害とは何の関係もないエッセイの中で
ちょっと興味深い文章をみつけました

もと拒食症だったという二十代の女性に会った。スタイルもセンスも抜群の現代的な女性に思われるが、「まだ精神的には不安定なんです。」発病の原因は、いじめでも失恋でもない。「阪神大震災をテレビ画面で観て以来、崩壊する恐ろしさ、戦争への恐怖などがどんどん膨らんで、気づいたら、食べられなくなっていた」と。にもかかわらず病院へいくと、「親に愛情をかけてもらえなかったのですね」と医師。「そんなことはない」といくら否定しても、「自分が気づいていないだけで、そうなんだ」と決めつけられた。

続きを読む続きを読む "原因親子関係説" »

2007年04月24日

斉藤学オープンカウンセリング記事から

嗜癖問題の著名な研究者であり精神科医の斉藤学氏のブログの中に
過食症を抱えるクライアントとのオープンカウンセリングの様子があります

暴力トラウマがあって、今、暴力的な恋人との関係から離れられない、そして過食も治らない。
どこから手をつけたらよいか分からなくなってしまった、という相談内容です
斉藤学とのQ&A

続きを読む続きを読む "斉藤学オープンカウンセリング記事から" »

2007年03月30日

摂食障害から回復する力

満腹を超えて食べ過ぎることって
私はやっぱり「ちょっと変なことだなあ」と思う
なんで変かって、生き物は何をどれくらい食べたら良いかを
自分で分かる体ってのを本来備えているので、
たいていは必要を超えて食べてしまったりしないものだろうなあ
と思うからだ

続きを読む続きを読む "摂食障害から回復する力" »

2007年03月28日

何も手につかないとき

※すみれさんとの掲示板のやりとりでヒントを得た記事です。
すみれさん、どうもありがとう。

何をしても手につかない時、ってあるもので
「何したらいいんだ、何なら集中できるんだ」
と思ってうろうろして色々中途半端に手をつけて
結局、やっぱり食べる以外に自分の心を落ち着ける方法が見つけられなかった
という時って、あると思うんです

続きを読む続きを読む "何も手につかないとき" »

2007年03月24日

恋人が分かってくれないということ

かつて、恋人に摂食障害について言う時
どうしてわかって分かってもらえないんだろう
といつも思っていた

こちらにしてみれば
とんでもない勇気を振り絞ってカミングアウトをしているのに
「うん、うん。暴飲暴食に気をつけてね」
と、親切な忠告をうけてその話題は終わったりする。
まるで私が馬鹿で自制心がないから食べてるみたいだなと悲しくなる。
それでも諦めきれずに何度か言う
何度言っても、伝えたいことを分かってもらえない

「摂食障害の辛さを分かってくれない」
とは、私に限らず多くの人が言うことなのだ
あのすれ違いって何なんだろう、と
考えたのだけど

続きを読む続きを読む "恋人が分かってくれないということ" »

2007年03月18日

過食症の画期的治療法

今日お風呂に入っていて
凄いことを思いついたんです

過食症を治す方法
強迫的なダイエットから開放される方法
要するに歪んだボディイメージと仲直りする
新しい方法

多分誰も言ってない大発見
それは・・・

続きを読む続きを読む "過食症の画期的治療法" »

2007年02月21日

どれくらい食べればよいのか

過食症だったとき
「どれくらい食べるのが普通なのか」
「どれくらい食べたらよいのか」
がまるで分からなくて困りました


「友達と一緒に食事に行き
その人とだいたい同じくらいの量を食べるようにしたらよいでしょう」
と書かれた過食症治療ガイドを見たことがあります。
今思い出すと笑ってしまうのですが
その時はお医者様の言うことだからと
うっかり信じてしまいました
今だったらそのお医者様に抗議の電話くらいしたくなるところです。
本当にこんなに過食症について分かっていない専門医が大部分なんですよね

このお医者様は
普段から誰かと一緒に食事をして相手の食事風景をじろじろ見て
だいたい同じくらいの量を食べるようにしてるんでしょうか
それとも
自分は「普通」だから食べる量がわかるけど
過食症患者は「病気」だからその判断能力がない
と思ってるのでしょうか

このお医者様もあなたと一緒です
「どのくらい食べるのが普通なのか?」
満足するくらい食べるのが普通です
「どれくらい食べたらよいのか?」
満足するくらい食べたらよいのです

だからその「満足」がわかんないから困るんでしょっ
と、ちょっと怒りを感じましたか?

「満足」は分かってるんですよ
その「満足感」の信号はちゃんと出されています
あなたが耳を塞いでるんです
「腹八分目が良いって言うし・・・」
「こんなに食べたら格好悪いと思われそうだし・・」
「これは体に悪いって言ってたし・・・」
「こんなに食べるから太るんだって思われるだろうし・・・」
そんな言葉があなたの脳裏を飛び交って
あなたの「満足」の信号をかき消します

あなたが
「自分」より「人の言うこと」を信じると
「自分自身の満足」の声は聞こえません

あなたはもう散々「人の言うこと」を信じてきたではないですか
十分努力したんです
でも現状は幸せでないんです
だったら別の方法を試しましょうよ

今度は「自分の言うこと」を信じてみるんです
失敗したって良いじゃないですが
そしたらまた別の方法を試せばいいんですから

今あなたが幸せじゃないなら
別の方法を試す必要があるんです

人の言うことを聞いてうまくいかないなら
自分の言うことを信じてみればいいんです

2007年02月17日

過食をしたくなったとき

過食を、したいですか

大丈夫、できますから
焦らないで考えましょう

何が食べたいか
まずちゃんと考えてください
暖かいもの
冷たいもの
硬いもの
柔らかいもの
甘いもの
辛いもの
いろいろありますよね

なんでも良いなんて言ってはいけません
食べること生きることそのものですから
絶対に何でも良くはありません
あるもので間に合わせてはいけません
絶対に今本当に食べたいものを
手に入れて食べてください

それが本当に食べたいものなら
絶対に努力を惜しまないでください

それを食べたら
どんな気持ちになるか考えてみてください
無駄な緊張がほぐれて
リラックスして気持ち良くなりそうでしょうか

もし、
「そんなことはない、気持ち悪くなるだけだ」
と思ったら
あなたが今一番したいことは過食ではないかもしれませんね

それなら
もしかしたら疲れているだけかもしれません
床に寝てみてください
心臓に手をあてて
「私はここにいるだけで価値がある」
と声に出して唱えてみてください
何回も何回も言ってください
気持ちよくなって
眠くなるでしょうか

その後で
気持ち悪くなってもやっぱり過食がしたかったら
思い切り食べましょう
あなたには十分その権利があります
誰だって欲しいものを欲しがっていいのですから

2007年02月16日

過食をしよう

過食症のことは諦めました

私が生きていくのに過食症が必要なら、それをやろう
と思うようになりました。
そうすると
「過食したいな」と思ったときの考えることが少し変わるんですよね
「過食したいならしても良いんだけど、
時間かかるし、体つらいし、動きたくなくなるし、
食べ物もそんなに美味しくないし。
今度にしよう。いつでもできるし」


少しずつ思うようになってきました

「過食のことよりも、今哀しいのはなぜだったろう」

私が切なかったのは
「自分には食べることが許されてない」ってことだったんです
自分には食べたいように食べることが許されてない
という思い、剥奪感が
私を「食べたい食べたい」の衝動に駆り立てていたんです

あなたの意識は
あなたの心に協力をするべきです
あなたの心が欲しいものがあれば
それを手に入れるために最善の努力をすることを心に約束すべきです
あなたの心はあなたにとって一番良いことを望むに決まっているのですから
あなたはそれをまず信じることです

あなたの心が疲れ果てて
あれこれの食べ物を欲しがっている時は
できる限りどんな努力でもしてそれを手に入れて
あなたの心を慰めると約束すべきです
本当に欲しいものは何かということを
きちんと心に聞いてあげるべきです

赤ちゃんは抱きしめて欲しい時には泣きます
怒って泣き止ませることはできません
顔が真っ赤になるまで
呼吸が苦しくなるまで
全身全霊で泣きます
それでも
抱きしめてもらって満足さえすれば
自分で泣き止むのです

2007年02月15日

過食症とやけ食い

「過食症」と「やけ食い」って
どこが違うのかなあって
考えたんですけど

「やけ食い」って
あーあ、食べちゃったなあって
三分くらい思うけど
あとはちゃんと自分の日常に戻っていくんです

「過食症」って
もうそれで自分の一生が台無しになって
一日でも一年でも十年でも
自分を責めるんです

過食症の人って
集中力があるんですよ
普通の人は
そんなに神経持たないからこそ
「やけ食い」で済んでしまうんですよね

過食症は
罪ではなくて
翼です
あなたの武器ですよ
あなたの優れたところです

ただし
あなたのすることは
「自分を責めること」ではなく
「自分の声に耳を傾けること」です

今日はどうして
過食するほど哀しかったのですか?

2007年02月14日

食べ終り時が分からない

「どうして普通の人は食べ終り時が分かるんだろう」って
私は思ってました

「もういい。満足。お腹一杯」
という感覚が無いのです。

無いから無限に食べてしまうのです。
地球だって丸呑みしてしまうでしょう。
だから誰かに拘束されて
手かせ足かせ猿轡をされて
洞窟に閉じ込めてもらわなければ
とんでもないことになると思っていました。

でも誰もそうしてくれないから
だから自分で必死に「食べちゃ駄目だ」と思っていました
自分で沢山ルールを作りました
あれはよし、これはだめ
私自身の感覚なんてまったくあてにならないから
自分で厳しく自分を律するしかなかったのです

どうして私には
「もういい。満足。お腹一杯」
がなかったんでしょうか
私が意地汚いからですか?

続きを読む続きを読む "食べ終り時が分からない" »

2007年02月13日

依存って武器です

「食べちゃいけない、食べちゃいけない」と思って我慢した後で
「でもひとくちだけ」なんて言い訳を見つけて食べ始めた時の、
それでとまらなくなって
「どうせ止まらくて何もかも駄目になったんだから仕方ない、全部たべちゃえ」
と自分をコントロールすることを諦めた瞬間の
あの恍惚とした意識が気持ちよかったんだろうなって思います

「どうせ止まらない」
「どうせ自分は意地汚くて駄目だ」
どうせ、どうせ
問題は全て食べ終わってから考えることにして
さてとりあえず目の前にある分だけは全部食べちまえっていう
あの瞬間が
恍惚だったんですよね

私の頭の中は考えたくないことでいっぱいだったんです

頭の中に考えたくないことがあるとき
みんな色々なことをします
お酒を飲んだり
ギャンブルをしたり
セックスをしたり
やけ食いをしたり
それは結局問題を先送りにしてるだけで
解決はしないのですけども

でももしあなたがまだその問題に直面する勇気がないので
もう少し逃げていたい、という気持ちを持っているのであれば
あなたは逃げ場があって、ラッキーだったってことになります

食べながらで良いから考えてください
今自分はどんな気持ちだろう
どうして哀しいのだろう
って

依存って武器ですよ
物凄い集中力ですから

苦しいのは知ってます
とっても辛いですけども
せっかく過食症になったのなら
過食症と一緒に生きて成長した方が良いと思います

苦しいけど
追い払ったりしないで
がっちり肩を組んで
一緒に人生に取り組みませんか

あなたはきっと何か悲しいのです

2007年02月08日

意志の強さ

過食症というのは
とても辛いものです
体にも心にも
大変辛い状態です

それでも
それだけ辛くても
あなたは粘り強く続けます
生きることを諦めていなからです
このまま流されていくことを潔しとしていないからです

あなたの無意識が
諦めることなくあなたに訴えています
今のあなたは幸せではないと
あなたに報告しています

あなたは
意志が強いから
そんなにも辛い過食症を
やり遂げることができるのです

依存は武器です
それはとてもとても強い意志です
それだけ強い意志があれば
何だってできます
幸せになることだってできます

意識と無意識


無意識が
食べ物という手段を持って
私に語りかけてきます

無意識はとても粘り強く
私がきちんと話しを聞くまで
諦めず話しかけてきます

だから私は
過食症のおかげで
抑圧してきた自分の無意識と対話することを覚えました

過食症をしなければ
私は無意識の存在になど気づかなかったかもしれません
ほんのちっぽけな
氷山の一角である「意識」だけの世界で人生を終えてしまったかもしれません

私は過食症のおかげで
もっと自由で
もっと強く
もっと自立した
無意識というものに気づきました

意識は
無意識を支配するためにあるものではなく
無意識の手助けをするためにあるものです

あなたが感じた
怒りや悲しみや寂しさを
意識がねじ伏せることはできません
意識ができるのは
それらの感情をうまく受け入れられるように
手助けをすることです

意識は無意識を支配することはできません

2007年02月07日

食べることと生きること

食べることというのは
ダイレクトに生きることを連想させます。

この世界にある程度の幅を持って存在し、
この世から何かを摂取し、
代わりに何かを残します。
とても精力的な感じのする生命の行動です。
生きることそのものだし、
生きる権利の主張です。

自分に食べることを許せないというのは
自分が生きることを許せないということです。

自分を許すということは
ある条件のもとで生まれて育ってきた人にとっては
必ずしなければならない生きる上での大仕事です。
時が来たら、私たちはそれに向き合うのです。

2007年02月03日

食べ物の声

食べ物が持つ声に注目します

バリバリと音を立てて噛み砕くものだけが食べたいことがありました。
力を入れてばりばりとなぎ倒し、打ち砕き、粉砕する
歯ざわりの快いものだけが欲しいと思いました。
私は怒っていたのかもしれません。

バニラアイスだけが食べたいと思うことがありました。
喉を知らぬ間にスーッと過ぎてゆく、
甘くてふわりと香りの広がるふんわりとしたアイスだけが食べたいと思いました。
私は優しくして欲しかったのかもしれません。

肉が食べたいと思うことがありました。
ずっしりとお腹に溜まって、いかにも食べた気のする
普段は食べないほどこってりした肉だけが食べたいことがありました。
私は自分の体の存在を再確認したかったのかもしれません。

チョコレートの掛かったケーキを食べたいと思ったことがありました。
子供の頃母親が嫌いで食べさせてもらえなかったお菓子だけが食べたいと思いました。
私は良い子を辞めたかったのかもしれません。


どうか
食べたかったら
それが本当に食べたかったら
絶対に食べてください。
そして食べ物の声を聞いてください。


聞き逃すと、何度も何度も
気づいてもらうまで、それは語りかけてきます。


生きるために一番必要なことは
あらゆる犠牲を払って痩せ続けていることではありません。